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時間の感覚がなかった。瓦礫の隙間から差し込んでくる光が、太陽光のようだったので、私は「朝」の訪れを知った。全身、汗と埃に塗れている。薄明かりに浮かぶ祐樹の顔も真っ黒だった。 「祐樹・・痛い?」 「うん・・。」 痛くないはずがない。私にも骨折の経験がある。 あの痛みは「我慢」という言葉を完全に否定するものだ。 「もうすぐ、ここから出られるからね。もうちょっとよ。」 私の言葉に、祐樹は軽く頷くだけだった。体力が消耗している。真夏に、こんな狭い空間に閉じ込められているのだ。汗がとめどなく溢れ出てくる。祐樹のTシャツもびっしょりと汗で濡れていた。 その時、携帯が鳴った。 「美由紀・・私だ。」 父の声だった。 「お・・お父さん・・。」 「これから作戦を開始する。説明するから、よく聞いて欲しい。」 「はい・・わかりました・・。」 「責任問題に発展しますぞ。」 市の職員は、沢木を睨み付けてそう言った。 「救出作業を民間の手に任せるなんて、非常識の極みですな!」 沢木は黙って聞いているだけだった。 「大体、失敗したら誰が責任を取るのですか?貴方、自分の職務責任を放棄しているだけじゃないですか!」 「こんなことが公になったら、私たちまで、世間から攻められるんですよ・・まったく・・いい迷惑だ。」 「聞いてるんですか!沢木本部長!」 沢木はようやく、職員の方を見た。 「お話はそれだけですか?終わったなら、ここから出て行ってください。」 「な・・なんだと・・・!!」 「ここには無能な人間は不要です。また、馬鹿を相手にしている時間は1分たりともないのです。おわかりですね?」 職員の顔面が青ざめている。 「き・・君・・今の言葉を覚えておくよ。いいかね・・私は今度の市長選挙に立候補する。当選した暁には、君を現職から引きずり降ろしてやるからな!」 「ふあ〜あ〜・・・」 レスキュー隊員の一人が大げさに欠伸をして見せる。 「なあ・・聞いたか?このおっさん、自分が当選するつもりらしいぜ。」 その場の全員が笑い出した。 「みんしゅしゅぎ・・って言葉を知らないらしいな。」 「おっさん、選挙演説の練習なら、自分の家のトイレでやったらどーだい?」 「人に聞こえると恥ずかしい内容らしいからなー!」 全員の嘲笑を背中で聞きながら、職員は対策本部を出て行った。 瓦礫の隙間を縫って、「冷却シート」と呼ばれる備品がロープで下ろされてきた。父からの電話で、救出計画の内容は聞いていた。不安がないわけではない。しかしこれしか方法がないのだ。 降ろされてきたシートは「寝袋」のような形状をしていた。私は痛がる祐樹を励ましながら、二人でなんとか、その中に入り込みファスナーを引き上げる。シートはナイロンの多重構造になっている。ファスナーを引き上げて、内部のコックを捻ると生地と生地の隙間に冷却剤が充填される仕組みだった。その外側には「空気層」があり、ここに空気が充満し、外部からの圧力を軽減してくれるのだ。 シートにはいくつかのチューブがついている。その一つが「空気チューブ」だった。この空間全体がウレタンで埋め尽くされるのだ。当然、呼吸ができなくなる。そのために寝袋の内部には酸素マスクのような形のマスクが備えてあり、私たちはそれで口と鼻を覆い塞いで呼吸を確保した。 暗闇が怖いのだろう。祐樹は黙ったまま、私にしがみ付いている。私は祐樹の髪を撫でながら気持ちを落ち着かせた。あと数分で、ウレタンの注入が始まるはずだ。 帰ろうね・・祐樹。
お家に帰ろうね・・ 二人で・・ね・・祐樹・・。 |
アホの坂田が転んでる
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