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■神はいるか?

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【事象の流れ=変化する現実】その4

道具・機械・装置・・これらは「二つ以上の性質の異なる事象の組み合わせ」によって成り立っていることは前記した。当然だが、人間の頭脳とは(生物の神経組織も含む)「二つ以上の性質の異なる事象の組み合わせ」によって新たな「考え方」を創出する能力があると言うことだ。

★つ・ま・り・・・過去に遡れば「機械」は(現在のものよりも)単純であったことを指しているわけであり、より遠くの過去を見つめれば「機械の原型」に出会うことができるということである。

★つ・ま・り・・・過去に遡れば「考え方」が(現在よりも)少ないということであり、より遠くの過去を見つめれば「考え方」の原型に出会うことができるということを指している。

これは「より遠くを見れば宇宙の創世記に近づくことができる」というような事柄と同意であろう。

ところが・・・遠い過去から現在に至るまで、決して変化しない「意識」というものがある。これが自分自身ではコントロールできない領域に属しているものであり、一般的には「本能」と呼ばれている。個人的にこの呼び方は好きではないが、ここでは便宜上、これで通そう。(いちいち注釈を書くのが面倒くさいのだ!)

思考=「考え方」のバリエーションがいくら発達(変化)しても、この領域だけは決して変わることがない。この領域には生物の生存を支える重要な反応が書き込まれていて、身体の持ち主である「自分」でさえも、これを自由に操作することはできないようになっている。この「精神の不可侵領域」は、よく知られた3つの反応に直結する事柄として理解することができる。

捕食=栄養分の不足によって身体機能が低下し、死に至ることを避けるために、意識は「空腹感」として認知される。
防衛=自分に危害を齎す存在への反応は「恐怖」となって認知され、恐怖は緊急事態への対応を迫るための反応である。
生殖=自分の複製を生み出す反応は「性欲」となって認知され、これは繁殖期にある生物には欠かせない反応である。

つ・ま・り・・・上記3つの諸問題をクリアするために人間は様々な「思考バリエーション」を生み出しているにも関わらず、この「さだめ=運命・宿命」からは逃れることができないということだ。

建築・通信、物流、武器、兵器・・などなどを「文化・文明」として発展させてきた「原動力」とは、結局はつまる所、この3つの「抗し難い欲求」を満たすためのものであり、その意味ではすべての文化的行為は、この3つのカテゴリーに属するものとして捕らえることができる。

宗教が「社会規範」のすべてだった時代には、その規範が示された書物(聖書など)の中に、この3つに関する記述が何度も何度も繰り返し書かれている。食事の規則(食材の規定)や住まいの様式、そしてもっとも解決が困難な「死」の問題。つまりは「恐怖の問題」についての解決法こそが「宗教規範」の核となったことは言うまでもない。

捕食(狩り・食事)にも生殖(ナンパ・エッチ)にも、それが達成された時には「喜び」という意識が必ず発現することになっている。そして日常的な防衛(寒さからの回避など)にも、その喜びは創出するのだが、生物としての人間が唯一現代においても解決できない問題が「死=意識・肉体の消滅」であり、すべての生物が「死ぬ」ということは、何度も見聞きし、間接的な経験として熟知していようとも、これを「はい、そーですか」と受け入れるわけにはいかないのだ。

「死」とは「流れの停止」を意味し、つまりは変化の停止を意味する。何度も書いたように「この世とは変化する」のであって、変化=進歩=発展=成長の中に「喜び」が存在するのだから、停止は耐え難い苦痛であり恐怖である。しかしこれは「自分の死」という主観的な立場に立った場合の結論であり、ある生物が永遠に生きているような状態は別の意味で「変化の停滞〜停止」を齎してしまうことになる。であるから、「宇宙の大きな流れ=物質もエネルギーも変化する」という法則性においては、「死」とは部分的な停止でしかなくこれによって更に変化する可能性を齎していると言える。

つ・ま・り・・・いかに文化が(科学が)進歩しようとも、「死なない薬」を生み出すことはできないという結論に達する。逆説になるが「死なない薬」が発明されれば、すべての文化は停滞し、やがては停止するだろう。死の意味することとは「人生が時間的に有限である」という単純な事実である。無限の人生を生きる人間は決して「新しい考え方」を生み出すことはないだろう。(宿題は明日やればいいや・・・そんなことを言っているうちに夏休みは終わるということだ。終わらない夏休みであれば、だれが宿題などやるものか!)

死の恐怖を回避する実質的な薬はない。もとより「恐怖反応」はすべての生物にとって必要不可欠であり、これを麻痺させることなどできやしないのだ。しかし、人間は他の生物にはない「膨大な記憶領域」を大脳の中に持っている。

「膨大な記憶領域」は、実際には存在しない世界を生み出すことが出来ることはよく知られている。小説も映画も音楽的創造も、すべては「虚構・虚像」であり、虚像を現出させてレクリエーション(あるいは快楽)としている。これは現実には経験できない出来事や達成されず満たされない欲望の「代替手法」である。

そ・し・て・・・「死の恐怖」が生み出した、これを回避する独特の、そして効果的な代替手法が「宗教」だと言える。「膨大な記憶領域」に蓄積された情報を元に、実際には存在しない世界を生み出す。つまり「死後の世界」である。死後にも世界がある。死は消滅ではない。このように考える「新たな考え方」が生み出される。新たな、と言っても、この考え方は相当古い歴史がある。(笑)・・・人間は大昔から(当たり前だが)死を恐れ、これを回避する手段を模索していたのだ。

それを信じ、それを行うことによって「死の恐怖」を回避できるなら、それはそれで「文化的価値」のあることとして認められるべきだろう。

まあ、俺のように決して信じない人間と同様、信じている人間もまた・・・「やはり死ぬのだ」

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