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もう十数年も前の話だが・・・。当時、俺が勤務していた会社は、いくつかの店舗を運営していたが、その中にはいわゆる「クラブ」というものもあった。ナイト業種というやつだ。俺は本部スタッフとして、数店舗の管理業務を任されていたが、その中の1店舗にフィリピン人の青年が勤務していた。名前は「ウォンタム」という。日本語は話せるが、あまり上手とは言えない。まあ、俺はフィリピン語(タカログ語)は数えるほどの単語しか知らないのだから、彼の日本語力を非難できる立場ではないが・・・。 彼は母国でも、やはりナイトクラブで働いていたという。 「わたしは ベース・プレイヤーです バンド・マン わかりますか?」 おそらくステージのある「ショークラブ」なのだろうと思った。 「俺もバンドマンだぞ。俺はドラマーだ。」 そう言うと彼は嬉しそうに笑った。 「こんど いっしょに プレイしたいですね トゥギャザーね!」 彼との会話は面白く、その店に行く度に、俺は彼と馬鹿話に花を咲かせた。ある日、彼は自分の財布から一枚の紙幣を取り出して、それを俺に見せてくれた。その紙幣の隅には「大日本帝国」という文字が印刷されてある。日本がフィリピンに植民地政策を布いた時に発行されたものであろう。 「これ わたしの おじいいさんから もらった です」 古い紙幣なので、彼はその価値を自慢するつもりで見せたのだろうか?・・・そうではなかった。 「これは おじんさんが わかいとき にほんの へいたいさんから もらった です」 彼の祖父が若いころ、生まれ育った村で初めて日本軍に遭遇し、その時に一人の若い兵士が、その紙幣を祖父に手渡したというのだ。祖父はその後、それを使わずに、孫であるウォンタムに渡したという。その時、祖父はこんな話を孫に聞かせたという。(以下は多少の脚色を交えてある。ご了承願いたい) 「わしがまだ若いころにな、村に日本軍がやってきた。どこかへ向かう行軍の途中だったらしい。20名ほどの部隊でな、隊長が村にやって来て、ここで休憩させて欲しいと申し出た。村人は皆、それを断る理由もないので、好きにしてくれと隊長にそう伝えたんじゃ。」 「彼らは村の隅で、大きな鍋に火をくべて食事を始めた。いい香りが漂ってきてな、数人の村人はその様子を遠くからじっと眺めておった。すると、それに気づいた隊長が、彼らに声を掛けた。日本語はよくわからないがな、手招きしながら「こっちへ来て、いっしょに食べよう」と言ってくれたのだよ。」 「わしらは皆、彼らといっしょに、食事をすることになった。自分たちの食料を分けてくれたんじゃ。何という料理かは知らないがな、それはとてもおいしかった。そうして食事が終わると、彼らは立ち去っていった。その時、一人の若い兵士がな、わしの手に、この紙幣を握らせたんじゃ。わしの顔を見ながら、その兵士はこう言った。「たいせつに つかって ください」・・とな。」 「その日本語の意味が理解できたのは、随分と後になってからのことだがな、わしは、そのお金をどう使うことが「大切な使い方」なのかを、しばらく考えた。考えた結果な、このお金は「使わないこと」が、一番大切な使い方のような気がしてな・・・」 そんな話をしながら、祖父は孫に、その紙幣を手渡したという。 「これはお前にやろう。大切に使いなさい。」 「これはジョークでしょ!グッドジョークです!だって そんな古いお金 使えないでしょ!わたしの おじいさん センスいいねー!」 ウォンタムはそう言いながら大笑いしていた。 それから数週間、数ヶ月の歳月が過ぎ、ある事件が発端となって彼は当局に身柄を拘束され、本国へと強制送還されることになってしまった。拘留されている彼に面会に行った俺に、彼は申し訳なさそうに頭を下げる。 「めいわく ごめんなさい ほんとうに ごめんなさい・・・」 「いや、俺も・・何もしてやれなかった・・・ごめんな・・。」 「あなた わすれないよ。」 「ああ・・俺も忘れないから・・・。」 警察署を後にする時、一人の刑事が俺に「封筒」を手渡してくれた。 「ウォンタムから預かったものだ。君に渡してくれと・・・。」 封筒の中には、1枚の古びた紙幣が入っていた。小さなメモ紙には、下手糞なひらがなでこう書かれていた。 「UP TO YOU(あなたに差し上げます)たいせつに つかって ください」 もう60年も前に、南方の諸島国家の、名もない小さな村で、日本人兵士が現地の青年に手渡した紙幣が、今こうして俺の手の中にある。 その後、何冊もの太平洋戦記を読み漁り、占領政策と南方戦線について調べた。「天皇の軍隊」として独善的なファシズムを推し進めたという「日本軍」というものを知りたかった。そのように信じていた自分の解釈を確認したかった。そして・・・「その若い兵士」のことを知りたかった。 「日本兵は皆、現地の人々を土人として差別し、彼らの命など虫けら同然に扱ったのだ。」 金持ちが乞食の目の前にコインを投げ捨てるようにして、兵士が祖父にそれを与えたとするなら、その「お金」は必ず「お金」として使用されていたに違いない。自分を乞食と見なす人間に、いったい誰が感謝などするものか。 大切なもの・・大切に感じるもの・・・失いたくないもの・・・消えてほしくないもの・・・。 そんな「大切さ」だけが、こうして保存されてゆく。そんな大切さだけが、こうして伝わってゆく。 距離を超えて、時間を超えて、民族も習慣もすべて飛び超えて・・・・。 今、俺の手の中に「小さな大切」が届けられている。 俺はもう一度、彼のメッセージに目を落とした。 「たいせつに つかって ください」 馬鹿野郎・・・こんな古い金・・使えるわけねーだろ・・・・。
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良い話しですね…
実話とは思えないほどドラマチックです。
太平洋戦争…私はまったくの勉強不足ですが占領軍である日本兵は私の中では悪いイメージしかありませんでした。
でも日本兵の中にも日々悩んで心を痛めていた青年が他にも沢山いたのでしょうね…
2009/12/19(土) 午前 10:01 [ omni ]
>馬鹿野郎・・・こんな古い金・・使えるわけねーだろ・・・・。
このセリフで締める !
って感じあるでしょ ? (笑)
最後のこの一行がカッコイイ !
これがこの話の全てを生かすって感じがします
2009/12/20(日) 午前 11:08
おむねえ♪
兵士も人間であり、もちろん「日本の兵士」も人間だと言うこと
だと思います。悲しいことばかりが戦争の歴史ではないって事を
最近、つくづく感じます。
(もちろん、これは実話ですよ・・・笑)
2009/12/20(日) 午後 11:28
プリンス氏♪
そうそう!(笑)この辺りは「物書きの執念」ってやつです。
というより、書きながらも自然に「その言葉を目指す自分を
感じ始める」ってな感じですかね?
2009/12/20(日) 午後 11:31