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■「宗教は常にありえない物語を説いている。考えてもみてくれ。見えもしない奴…が空に住み、そいつが毎日毎分の全てをお見通しで、さらにその見えない奴が、10個のしてはいけないことを並べている。そしてしちゃいけないことをしたときには特別な場所へ追いやられ、そこには永遠に続く火や煙や拷問や激痛が用意されている。そこでこの世の終りまで焼かれ、叫び、苦しみ続けるのである。だが、そいつには愛があり、そして愛があり、さらに愛があり、金を必要としている。」 ■「私は教会と国が完全に分離することを希望する。思うにこの二つの団体は別々でさえも、かなり我々をメチャクチャにしてくれるので、二つが一緒になれば、死は免れられない。」 ■「どっちなんだ?人間が神の失敗作なのか、それとも神が人間の失敗作なのか。」 ■「信仰とは真実を知りたくないという意味である。」 ■「信念は嘘よりも危険な真実の敵である。」 ■「私が自然界に見るものは、不完全な理解しか得られない素晴らしい構造をしており、思慮ある人を謙遜させるのである。これはまさに宗教的な感情であって、神秘主義とは何の関係も無い。」 ■「神の存在とは私が真面目に受けとれない人類学の概念のようである。人間界の外に意思やゴールがあることが全く想像できない。…科学は道徳を犯すと責任をなすりつけられてきた。しかしそれは不当である。人間の倫理は、人情や教育、社会のニーズや結びつきを基本とすべきで、宗教を基本とする必要はない。もし人が死後の見返りの期待や罰の恐怖によって束縛されるなら不幸と言えるであろう。」 ■「人々がただ罰を恐れ報酬を望むというだけで善良なら、我々は実に哀れむべき存在だ。」 ■「歴史に記録されている世の中で最も極悪で残酷な罪は、宗教という名の下に行われている。」 ■「キリストは好きだが、キリスト教信者は好きではない。キリスト教信者はキリストのようではない。」 ■「聖書の理解できない部分がひっかかるんじゃないんだ。理解出来る部分がひっかかるんだ。」 ■「人は信じているということによって教会から受け入れられ、知っているということよって追い出される。」 ■「凝り固まった偏見による不安を全て振り払いなさい。弱い心は卑屈にうずくまっているものです。どんな事実やどんな意見に対しても、根拠をしっかり立てて法の下に照らしなさい。神の存在でさえ、勇気を持って疑問を持ちなさい。神が存在するならば、愚かな恐怖心への服従よりも、根拠を立てることへの敬意に賛同されるにちがいありません。」 ■「信仰を通して見ることは、理由と言う目を閉じてしまうことである。キャンドルを消せば朝日がシンプルに見えるのと同じことである。」 ■「教会よりも灯台のほうが役に立つ ■「秩序を神の御名によってたとえるとしたら、それは非人格的な神であろう。物理学には人格的なところはほとんどない。」 ■「伝統というものは我々の精神安定剤となる。そして精神が安定すると退廃の道をたどる。」 ■「自分の信仰することを繰り返し主張することは不安の表れである。」 ■「証拠のない主張は、証拠のない主張として却下される。」 ■「宗教は幻想である。そしてそれは本能的な欲望と調和してしまう力を秘め持っている。」 ■「宗教は抑圧された生き物のため息であり、心なき世界の心であり、また、それが魂なき状態の心情であると等しく、…つまり、それは民衆の阿片(アヘン)である ■「信仰を持つものが無神論者より幸せだという事実は、酔っ払いがしらふの人間より幸せなことに似ている。」 ■「宗教のために行われる罪でなければ、人間はあれほど完全に楽しそうに悪事を行わない。」 ■「宗教があろうとなかろうと、善い人は善い行いを、悪い人は悪い行いをする。しかし宗教によって善い人も悪い行いをする。」 ■「見えないのと、存在しないのは、よく似ている。」 ■「宗教のことを一般人は真実とみなしており、賢者は偽りとみなしており、支配者は便利とみなしている。」 ■「我々の知らないことは神である。知っていることは科学である。」 ■「愚者は自分の思いより見えるものを無視する。賢者は自分の見えるものより思いを無視する。」 ■「知識の限界で宗教が始まる。」 ■「人に魚を一匹与えれば一日の食事になるだろう。人に釣り方を教えれば一生の食事になるだろう。人に宗教を与えれば一匹の魚を願いながら死ぬであろう。」 ■「もし神が悪を妨げる意思はあっても力が無いなら全能ではない。力はあるが意思が無いなら邪神である。力も意思もあるなら悪はどこから来るのだろう。力も意思もないなら、なぜ神と呼べるのだろう。」 ■「『熱狂的な信者』の反対は『熱狂的な無神論者』ではなく、神がいようといまいと気にしない『穏便な皮肉屋』である。」 ■「アメリカでよく使われるフレーズに「我ら神を信ず」というのがあるが、そこだよイエス・キリストが求めているのは。紙幣の上でね。」 ■「時の初めに戻るなら、無知と恐怖心が神を創ったことがわかる。幻想や熱意や虚偽が神を着飾るのである。弱さが神を崇拝させるのである。軽信が神を維持するのである。慣例、敬意、圧制は、人を盲目的に従事させることに役立つ。自然に対する無知が神を生んだのなら、自然に対する知識が神を破壊するように計算されているのだ。」 ■「もしユダヤ人が神を殺したと思えるなら、ユダヤ人を崇拝するね。」 ■「きちんと読めば、聖書には無神論のための思いつく限りの最も強い根拠がある。」 ■「疑いの余地のない信仰とは、信仰ではなく迷信と呼ぶ。」 |

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ではでは、除夜の鐘を聴いて煩悩を消し、年越しそばを食べて、柏手打って新年を寿ぎましょう。 鯛は 「睨み鯛」 食べちゃだめだよ。
良いお年を。
2009/12/31(木) 午前 8:50
タク教授、
今年はお世話になりました!
今年はロボットアニメーションと哲学みたいな写真の世界に
ほんろうされた年でした。
来年、インターネットをひくので、
今度はパソコンから参加してきます。
☆☆☆来年もよろしくお願いします☆☆☆
☆アゲハ☆
2009/12/31(木) 午後 9:54 [ ageha ]
おじさん♪
昨年中はお世話になりましたー!
今年もお互い、マイペースで生きましょう!!
明けましておめでとうございます!
(年明けのレスになってしまいました・・・汗)
2010/1/1(金) 午前 1:24
アゲハ〜♪
明けましておめでとうございます!
しばらく見かけないので心配してました(笑)
こちらこそ、昨年中は色々と勉強させてもらいました。
本年もどーぞ、よろしく!(お手柔らかに・・・笑)
2010/1/1(金) 午前 1:26
お邪魔します。類似記事から飛んできました。こちらの文言は勉強になります。
私が思うに聖書が争いを呼んでいるとしか思えません。知っているのはカルトばかり。
2010/1/16(土) 午後 7:35
ノイズ作家さん♪
こんにちは〜!ご訪問に感謝です。
俺はこのブログを通じて、ことごとく宗教というものを批判しています。
もちろん、それを行う方々への個人的な攻撃の意思ではありません。
宗教が「単なる文化=人間の行為」であることを主張したいだけなのです。
「神」という絶対性を持ち出すことによって、妥協できない「対立」が
始まってしまいます。人間は異なる意見があって当たり前の存在です。
妥協点を探り、折り合いをつけてゆくことこそが「知恵」だと思います。
その意味ではユダヤ・パレスチナ紛争などは、最も愚かな宗教紛争だと
断言できます。
2010/1/16(土) 午後 8:13