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5月14日13時41分配信 産経新聞 【ワシントン=佐々木類】米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題をめぐり、12日にワシントンで行われた日米審議官級協議でキャンプ・シュワブ沿岸部(名護市辺野古)沖合に、くい打ち桟橋方式(QIP)で代替施設を建設する日本側の提案に対し、米側が正式に反対する考えを伝えていたことが明らかになった。外交ルートで政府案が正式に拒否されたのが確認されたのは初めて。昨年の政権発足以来、8カ月間にわたって進められてきた移設見直しは振り出しに戻らざるを得ない状況だ。
日米関係筋によると、事前の非公式協議でQIPに反対する米側の意向はたびたび伝えられていた。しかし、国外や県外への移転ではなく、「(シュワブ沿岸部を埋め立てるとした)現行案に近い場所への移設なら、QIPについても米側の理解を得やすい」(日本政府筋)と判断。12日の協議で米側への正式提案に踏み切った。 これに対し米側は、海中からのテロ攻撃だけではなく、QIPだと埋め立てに比べて上空からのミサイル攻撃に弱く、反撃態勢をとるまでの復旧作業が困難であることを主な理由に挙げて反対した。 審議官級協議では「基地防衛と被災後の復旧に関する技術上の問題も徹底的に話し合われた」(日米関係筋)という。米側からは環境問題や海中からのテロの危険だけではなく、基地存立にかかわる根本的な面で問題があるとの認識が示された形。それだけに「米側がQIPを受け入れる可能性はゼロに近い」(日本政府筋)との悲観的な見方が出ている。政府の試算だと、QIPの場合、工期は7年、建設費は現行案の1・5倍かかる。 日本側は12日の審議官級協議で米側に対し、QIPのほか、訓練場所を鹿児島・徳之島など全国に分散して沖縄の負担を減らす案をパッケージで示した。しかし、米側はQIPについては基地としての問題のほか、与党の国民新、社民党も反発しており、訓練場所の分散では徳之島の住民が反対しているとして実現性に強い疑問を表明。シュワブ沿岸部を埋め立て、V字形滑走路2本を建設する現行案が最善との従来の考えを伝えてきたという。 米軍・海兵隊というものは陸・海・空の3軍とは別に独立した作戦行動を行える攻撃部隊であり、その主要任務は「敵地占領の第一撃=切り込み=上陸部隊」である。戦闘において「最終的な勝利=戦闘の終了」とは、敵地への浸入〜上陸〜制圧〜占領」を指す。 1)海軍の艦船から敵地への砲撃(あるいはミサイル攻撃)によって敵の攻撃力を減退させる。 (あるいは空軍の爆撃機による軍事施設への空爆。) 2)敵の反撃力を弱めた後に、海兵隊が上空からのパラシュート降下、あるいは海岸から上陸する。 3)敵の本拠地(政府機関・指導者など)の制圧、拘束によって戦闘を終了させる。 古くは「ノルマンディ上陸作戦」から、近年においては「イラク戦争」に至るまで、すべてこの手法によって米国は占領作戦を成功させている。もちろん太平洋戦争末期の「沖縄戦」においても例外ではない。 さて「沖縄・海兵隊・普天間基地問題」において例の「くい打ち桟橋方式(QIP)」に対する米側の返答では「海中からのテロ、及び上空からの空爆、ミサイル攻撃に弱い」ということが拒否の第一理由となっている。つまりそのような攻撃が行われる可能性が極めて高い施設であり、イコール、そのような「超危険施設」が街のど真ん中で学校に隣接しているということになるが、実はこの立地によって基地自体は一定の安全性(敵から攻撃回避)を確保している。つまり軍事基地というものは(上記に示した通り)真っ先に敵の攻撃に晒されるのであるから、敵がより接近しにくく、また接近が困難である場所=つまり接近する敵を発見し、それを迎撃できるだけの時間的な余裕を確保できる立地であることが最高の条件となる。 ということで本来は軍事基地というものは、それが孤島にあるなら周囲360度がすべて浸入可能な海岸線となってしまうために「内地=海岸から遠い場所」である方が立地としては望ましいということになる。 沖縄に駐留する海兵隊とは米・海兵隊の中でもエリートに属する存在であり、兵士にとっての駐留先とは、すなわち「出張先あるいは転勤先」ということになるが、海兵隊兵士の多くが「どうせ転勤するなら沖縄に」と、沖縄勤務を望んでいる。なぜなら(言うまでもないが)日本はイラクやアフガンに比べれば遥かに「楽で快適な職場環境」であり、戦場ではないので殺したり殺されたりする心配もないということだ。 米国にとっての「沖縄」とは、アジア全体を牽制できる地政学的に有利な位置にあり、特にソ連崩壊以後、アジアにおける仮想敵国とされている「中国・北朝鮮」を監視し、これに対応するに当たって最も理想的な場所であることは間違いない。もちろん「だから日本人、沖縄県民は多少のことは我慢しろ」などと言うつもりはないが、最近の報道の加熱によって基地そのものの根本的な意味論、意義論(つまりは日米安保条約の意味)が見過ごされ、基地移転問題がまるで「ゴミ処理場建設問題」のように論じられている風潮を感じる。 「最低でも県外に移転させる」と、何の根拠もない理想論を喚き続けている「そーりだいじん」を含め、移転受け入れを拒否する他県の住民を「無責任だ」と言ったりする評論家をTVで見るたびにため息が出るのは俺だけだろうか?普天間移設問題と同時に以下の「根本的な諸問題」について、なぜか誰もが口を頑なに閉ざしているようで薄気味悪い。 ■日本の国家の安全は日本人自身が守るべきであり、すなわち〜 ■米軍の基地のすべてを米国に返還する。(つまり全部出て行ってもらう)すなわち〜 ■日米安保の改正、あるいは条約の全面破棄。 こうなれば「基地問題」は基地問題ではなく、「防衛問題」となる。つまり「軍事基地は不要である」としてこれを建設することなく、土地(国土)のすべてを商業、工業、農業及び住居として使用するか、もしくは「他国からの侵略脅威に備える」として、土地(国土)の一部に軍事施設を建設し、これを稼動させるか?という問題となる。 政治家とは「国家を論じる立場」の人間であることは間違いないだろう。誰か一人くらい基地問題を「国家論」として論じる人間が現れて欲しいものだ。
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