|
黙ったまま美咲を見下ろしていた大岩だが、ふいに我に返ると、足早に玄関へと向かった。大岩は、玄関先に停めてある車のトランクから、予め用意しておいたブルーシートを取り出し、再び居間に入ると、そのシートを動かなくなった美咲の体の上に被せ、注意深く巻きつけて、ガムテープで固定する。
ブルーシートに包まれた美咲の遺体を担ぎ上げ、大岩は浜辺へと続くスロープを降りると、それを停泊してあるクルーザーの甲板に放り投げ、自分もクルーザーに乗り込んだ。エンジンをかけると、操縦パネルの中央にあるGPS画面が青白く浮かび上がってくる。大岩はGPSの操作ボタンで「自動航行」を選び、画面の中に船の航行経路を入力した。
スタートスイッチを押すと、クルーザーはゆっくりと桟橋を離れてゆく。大岩はクルーザーから桟橋へと飛び移ると、外洋に向かって無人のまま遠ざかってゆくクルーザーの後姿を見送った。
(燃料の残りを使い切るまで、100Km程度は走るはずだ。そしていずれ、誰かに発見されるだろう。乗っている死体が、盗まれたボートの所有者だと解ればボートを盗んだ者たちが真っ先に疑われることになる・・・)
イスラム過激派の二人が美咲の家に押し入り、彼女を射殺した上でボートを盗んだ。これが大岩の描いたシナリオだった。しかし、そのシナリオを成立させるためには「死亡推定時刻」を偽装する必要がある。
犯人が巡視船によって射殺された後に、ボートの所有者が死んだのでは、話の辻褄が合わなくなる。そのために大岩は、美咲の死体をシートで包んだのだ。遮るものがない海上で、炎天下に晒されればシートの内部の温度は急激に上昇し、死体の腐敗が加速するはずだった。
(まあ、ある程度まで腐敗してしまうと、死亡推定時刻の判定は難しくなると聞いた。前後の状況から見て、美咲がテロリストに殺されたと判断されることは間違いないだろう・・・)
大岩は車に乗り込むと、腕時計を確認する。時間は午後3:20。これから車を飛ばせば・・・いや、特に急がなくても午後7:00からの役員会には十分に間に合うはずだ。大岩は、走りなれた林道を軽快に飛ばし、国道に出ると、車を東名高速道路の入り口へと向ける。時刻は午後4:00を僅かに過ぎていた。
東へと向かう車のバックミラーの中で、太陽が少しずつ赤くなってゆく。ミラーが反射する夕日を浴びながら、大岩は込み上げてくる笑いを抑えようとはしなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー--
大岩社長が東名高速を東へと走っているちょうどその頃、常務の佐伯賢治の姿がT国の国際空港のエントランスにあった。「暗殺者」の二人からの連絡が途絶えたままだった時、彼は大岩の叱責を受け、彼は大慌てでT国へと向かったのだ。
焦る気持ちを抑えながら早足で空港を出た佐伯の前に、運良く1台のタクシーが停車した。佐伯はタクシーに乗り込み「孤児院」がある街の名前を運転手に告げた。
(おそらく・・・勝手に現地に帰ったに違いない・・・)
希望的観測だったが、この希望に賭けるしかなかった。
(あの二人がイスラム・ゲリラであるはずがない。私はもう、何年も彼らと付き合っているんだ。)
佐伯の中では、TV報道のすべてが出鱈目にしか思えなかった。
(イスラム・ゲリラではないのだから、あの二人は必ず生きている。生きているなら、二人が日本国内に留まっているはすがない。何しろ二人とも指名手配中の凶悪殺人犯なのだから・・)
(おそらく・・私に報告できない、何らかの事情が発生したのだろう。)
タクシーに揺られながら、あれこれと思いを巡らしていた佐伯だったが、ふと、外の風景に目を走らせて、その表情を曇らせた。
「なあ、君。道が違うんじゃないかね?」
現地語でそう言った佐伯に、運転手はぎこちない日本語でこう応えた。
「いいえ。間違いではありませんよ。佐伯常務。」
自分の名前を言われた佐伯は、怪訝な顔をして運転手の後頭部を睨んだ。
「き・・君は誰だね?なぜ、私を知っているんだ?」
「お静かに願いますよ。常務。私はあなたを傷つけることを禁止されている。でも、やむ終えない理由があるなら、腕や足を撃ち抜く程度のことは、総統も許してくれるだろうと信じているんです。」
運転手はそう言いながら、使い古した軍用ピストルを佐伯に見せる。
「な・・何だ!私を脅すつもりか・・・私はセーブ・ヒューマンの常務なんだぞ!」
佐伯は込み上げる不安から、そんな頓珍漢なことを口走った。
「ええ・・・承知してますよ。常務殿。私は兵士です。私の任務は、あなたを総統のもとに無事にお連れすることです。ですから騒がないでください。」
「総統・・・??・・・ブレーベル総統のことか?」
「ええ。もちろん。総統は、あなたに会いたがってます。それも早急にね。」
ブレーベル総統。現在のT国、軍事政権内において、圧倒的な支配力を持つT国政府軍・陸軍参謀長の名前だった。そして、このブレーベルこそ、セーブ・ヒューマンとのT国の間で行われている共同事業の総責任者でもあった。
「会いたがってる?なぜ・・・・何かトラブルでもあったのかね?」
「さあ・・詳しいことは知りませんが、総統はお怒りですよ。常務殿。」
運転手はそう言いながら、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「裏切り者は・・・どうなるんでしたっけ?・・常務殿?」
「裏切り者・・だと・・!」
(裏切り者は・・・どうなるんでしたっけ?・・常務殿?)
(裏切り者は・・・どうなるんでしたっけ?・・常務殿?)
(裏切り者は・・・どうなるんでしたっけ?・・常務殿?)
(裏切り者は・・・どうなるんでしたっけ?・・常務殿?)
佐伯は、それが身に覚えのないことだったが、過去に裏切り者が辿った「悲惨な末路」については、彼は知り過ぎるほどに知っていたのだ。
|
電脳の女神
[ リスト ]








