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「すまん。遅くなってしまった。全員、そろっているようだね。」
(株)セーブ・ヒューマン・本社ビルの最上階。通称「オーバル・オフィス」と呼ばれる広々とした会議室に、社長の大岩裕介が現れた時、時間はすでに午後7:00を10分ほど過ぎていた。
部屋の中央に設置された近代的な楕円形デザインの大型テーブルには、席ごとに小型のTVモニターがセットされている。すでに入室している役員たちは、自分の席の上に置かれた資料に目を通していたが、社長が入室してくると、全員が一斉に立ち上がった。
「ああ、みんな・・着席してくれたまえ。おや・・常務がいないようだね・・・?」
大岩は、普段は常務が座っている席が空席であることに気づき、軽く眉をひそめた。
「急な出張・・ということは聞いていますが・・。」
数人が、顔を見合わせながら(私は知らない)というように、軽く首を傾げていた。
「まあ、いいだろう。今日は確か、小児病院向けの看護ロボットの新製品の企画案について、役員会の見解をまとめるための会議だったね。早速、始めようじゃなか。」
大岩はそう言いながら、テーブルの上に用意されている資料を手にとって、数枚のページをめくる。
「社長・・その前に、私からお話したいことがあります。」
大岩の正面に座っている男が、複雑な表情で大岩を見ていた。
「うん?何だね・・・田所専務?」
セーブ・ヒューマンの専務取締役である「田所新平」は、今年で65歳となる「会社の古株」であり、会社設立当時から、会長の右腕として活躍してきたベテランだった。
「はい。実は、我が社が海外で展開している事業の一部に、収支が不透明かつ、我が社が手がける事業としては非常に不適切な内容のものが存在していることが判明いたしました。」
「不透明、不適切・・・?どういうことだね?」
「大岩社長なら、ご存知のはずですが・・・?」
「なに・・・!」
明らかに挑発的な専務の言葉に、大岩は表情を曇らせる。専務の田所は、そんな大岩を無視するように手元のキーボードを叩き、モニター画面に次のようなタイトルのページを表示させた。
(国際援助プロジェクト)
(東アジア地区・市場開発計画) 「ここに書かれている「国際援助プロジェクト」というもは、当社の海外事業部が統括するプロジェクトですね?」
「ああ。皆が知っての通りだ。」
大岩が不愉快そうに返答する。
「この(東アジア地区・市場開発計画)のデータ・ファイルには(T国・総合病院)の運営に関する詳細が保存されているようですが、このファイルの管理責任者は社長で間違いないですか?」
「さあ、君の言っていることの意味がわからんがね・・。T国、総合病院への事業協力の件なら、その総括責任者は常務のはずだが、まあ、私は社長だから、わが社の事業のすべてに責任があることは間違いないだろう・・・?」
「ええ。そうだと思います。そこで質問ですが、このファイルは我が社の役員なら、誰でも閲覧可能となっているはずですが・・間違いありませんか?」
「ここで皆が見ている通りだ。役員IDさえあれば、誰でも閲覧できる。」
「ファイルの内容、全部を閲覧できるわけではありませんよね?」
「どういう意味だね?」
「このT国の総合病院には(特殊病棟)と呼ばれている病棟がありますね?」
「さあ、詳しいことは知らないが・・それがどうしたのだ?」
「詳しいことを知らないのなら、概略を確認しましょう。」
そう言いながら専務は、総合病院の文字をクリックする。そこには「特殊病棟」で行われている臨床実験の詳細が示されている。
A)疾患が齎す精神的苦痛の軽減。
B)治療時に感じる不安の軽減。 C)末期患者の肉体的苦痛の軽減。 「臨床実験は、我が社の製品がこれらの苦痛、不安を軽減できる可能性について、そのデータの収集を目的とすると書かれております。」
「ああ・・。確か患者をセカンド・ユニバースに転送することで、肉体的苦痛から開放される可能性があることは、常務から聞いた記憶がある・・・。その臨床実験の何が問題なのだ?」
「いいえ。問題はここではありませんよ・・・。」
専務はそう言うと、カーソルを画面の一番下まで移動させる。そこには小さな文字で次のような表示が読み取れる。
(極秘事項・・役員会の承認なしにこのファイルをコピー・印刷することを固く禁じる)
専務はマウスを使って、その文章の上でカーソルを数回、往復させた。
「何か言うことはありませんか?社長?」
その言葉の意味がわからない役員たちは、一斉に社長にその視線を向ける。その視線の先に、額に汗を滲ませ青ざめる男の顔があった。
「言うことがなければ、続けます。」
言葉を失ったような大岩から視線を外すと、専務は慎重にマウスを操作し始めた。
「最初に(極秘事項)・・まずここをドラッグします。続いて(承認)をドラッグ。最後に(禁じる)をドラッグすると・・・。」
文章の最後の文字(禁じる)がドラッグされると同時に、画面の中央に新たなダイアログ・ボックスが出現した。
「このボックスの入力欄に・・・何を入力すればよいのですかな?社長・・?」
「し・・知らない・・・。」
大岩は震える声で、そう応える。
「実は、私は知っているんですよ。」
専務がそう言いながらキーボードを叩くと、モニターには、ここにいる役員たちの誰もが見たことがない、極秘ファイルの中身が表示されていた。
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電脳の女神
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