羊の隠れ家

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電脳の女神

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会議室に重苦しい空気が立ち込めていた。6700人分の人身売買の記録。6700人分の臓器売買の記録。これが自社の業務ファイルに残されていて、しかもその「業務」は現在も進行中なのだ。
 
日本は国内法によって、人身売買はもちろん刑事犯罪とされる行為であり、臓器売買に関しても、それが認められているのは厳しい審査に合格した病院などの医療機関だけである。また、個々の売買は移植管理センターによって厳重に管理され、その売買が正当な臓器移植手術を目的とした行為であることを証明するための証明書が必要だった。
 
「医療機器メーカーの我々が・・臓器売買だと・・・!」
 
役員の一人が放った言葉には、強い怒りの響きがあった。
 
「いや・・しかし・・・。」
 
別の誰かが呟くように話し始める。
 
「日本では禁止されているが・・・T国ではどうなのでしょうかね?T国の国内法に抵触していないなら、重大な問題に発展する可能性は低いと思いますが・・。」
 
「馬鹿を言うな。人身売買や臓器の密売を認めている国家などあるものか!」
 
しばらくの間、役員たちの会話を聞いていた専務が、重い口を開く。
 
「もちろん、T国においても人身売買は重罪ですし、臓器の密売も、これが発覚すれば死刑に値するほどの重罪ですよ。そうですよね?社長・・・?」
 
大岩はその質問に応えずに、険しい視線を専務にぶつける。
 
「従って、このファイルに記されていることが事実であるなら、それは我々が違法行為を行っているということになる。しかし、この違法行為をT国政府に黙認させるために、政府関係者、あるいは官僚の一部に多額の金を、賄賂として支払っていると分析するのが正しいでしょうな。」
 
「あのう・・すみません。質問なのですが・・・。」
 
若い役員の一人が、申し訳なさそうに手を挙げた。
 
「このファイルの一番下に、M・B保存機材(B/K3000R タイプB)という記載があるのですが、これは何を意味しているのでしょうか?」
 
専務はその質問を受けて、一人の男に視線を向けた。
 
「中山さん・・・。あなたは以前、開発室の室長だった。この(BK)という略称に覚えがありませんか?」
 
中山と呼ばれた役員は、専務と同世代であり、会社設立当時からのベテラン社員だった。
 
「私が開発室にいたのは、もう15年も前のことですよ。さて何でしたかな・・BK・・。」
 
中山はしばらくの間、その視線を空中に泳がせながら、記憶の中に「BK」という文字を探していた。
 
「ああ・・まさか・・BKとは、ブレイン・キーパーのことですかね?」
 
「何ですか・・・ブレイン・キーパーって?」
 
「ほら・・ここに「M・B保存機材」と書いてあるでしょう。思い出しましたよ。間違いない。これは明らかにブレイン・キーパーだ!」
 
「で・・ですから、そのブレイン・キーパーと言うのは・・・。」
 
意味がわからずに苛立つ役員たちとは対照的に、中山は忘れかけていた記憶が蘇る時に味わう、小さな快感を味わっていた。
 
「説明しましょう。BKとは以前・・もう10年くらい前ですが、開発室で研究テーマとなった生命維持装置の略称です。」
 
「生命維持装置・・・ですか?」
 
「ええ。究極の生命維持装置と言ったほうがよいかも知れませんね。何しろ、これは外科的手法によって人間の大脳を取り出し、大脳の機能だけを抽出して維持するという代物ですから・・。」
 
「大脳を・・取り出す・・だと!」
 
「ええ。もう一度画面を見てください。ここに書かれている(M・B保存機材)のMBとは、メイン・ブレインの略称です。当時、我々はコンピューターのCPUと人間の大脳を区別するために、PCの頭脳がCPUであるのに対して、人間の大脳をMBと称していたのです。」
 
「つまり・・・どういうことですか?」
 
答えを聞くまでもない質問だったが、全員の視線が自然に専務へと集中した。
 
「つまり・・臓器を摘出された人間は、その後、このブレイン・キーパーに大脳を移され、そこで精神だけを生かされている・・ということになります。」
 
「な・・何ということを!」
 
専務は深くため息をつき、再び説明を始めた。
 
「このブレイン・キーパー構想というものは、当時はまだ未熟だった擬似空間システム。つまりセカンド・ユニバースの前身とも言える「バーチャル・ワールド」がゲーム・ソフトとして商品化された頃に企画されたものです。その開発目的は、当初は重度の身体的障害を負った患者に対する「前衛的医療介護の可能性を探る」ということでした。はっきり言えば、前身が動かなくなってしまった患者にとって「体の維持」は無意味であり、それに掛かる費用も余分な出費であるという考え方が、この機器の開発コンセプトです。」
 
「患者の大脳だけを生かして、身体は捨ててしまうということですか?」
 
「ええ。開発部では、患者が動かない身体を維持している場合に掛かる維持費と、このブレイン・キーパーを使用して思考だけを維持する場合の維持費を比較分析した結果、BKを使用した場合のほうが、50%も費用を削減できるという試算結果を得たわけです。」
 
「つまり・・その大脳の意識を擬似空間に転送する・・と言うことですね?」
 
「そんなものは認めない!・・・人類への、生命への冒涜ではないか!」
 
一人の役員の叫び声に、会議室が沈黙した。臓器の販売を目的に人体を購入して、臓器を摘出した後の体を始末し、脳だけを保存機器に保存する。誰もがその行為の恐ろしさに言葉を失っていた。
 
「ええ・・10年前、その理由によって・・この研究は中止されたのです。中止され、消滅したはずの研究がT国で再開された。おそらく海外事業部には、我々の知らない研究開発部門があるのでしょう。そして彼らは、ブレイン・キーパーを完成させ、それとセカンド・ユニバースのプログラムをリンクさせるための新たなアプリケーション・ソフトの開発に成功した・・・ということです。そうですよね?社長?我々の分析に間違いはありませんか?」
 
専務の言葉にも、激しい怒りが込められていた。
 
「T国の事業は・・すべて常務が総括している。」
 
「ご自分は無関係だと言いたいのですかな?」
 
「無関係だとは言わん・・・私は代表だから・・」
 
「責任の所在を問題にしているわけではありませんよ。あなたがどのように関与していたかを知りたいのです。」
 
「わ・・・私は関与していない。知らないことだ!」
 
大岩は、額から零れ落ちる汗を拭うことも出来ずに、引きつった表情で全員を見回した。そこには、自分に向けられている感情が「軽蔑」であることを証明するかのように、冷淡な視線が無数に光っているだけだった。
 
「では、このファイルをどう説明なさるおつもりですかな?」
 
一同は、専務の次の言葉を待った。
 
「このファイルを閲覧するために、私は先ほど、ダイアログ・ボックスにIDとパスワードを入力しました。ご覧になっていましたよね?」
 
大岩は無言のままだった。
 
「このファイルの開くためのIDとパスワードは二種類しかありません。大岩社長と佐伯常務のものです。私は先ほど、失礼ながら社長の方を使わせていただきました。つまりこれは、貴方と常務の二人しか見ることが出来ないファイルだった。貴方にとっても特別なファイルだということです。それを貴方本人が見たこがないと?・・こんな話がここで通ると思っているのですか?」
 
「社長。私は今日、ここで役員会規則第22条に則って、当役員会に対して大岩社長の不信任を申し立てます。」
 
「何だと・・・。」
 
「聞こえませんでしたか?不信任の申し立てをすると言ったのです。」
 
「そんなことは認めないぞ。まだ、私が関与したという証拠も無いではないか!」
 
「ええ。それはこれから調査委員会の調査結果を待つより方法がありません。ただし、ここで不信任案が可決されれば、貴方は調査報告が提出されるまでの期間、代表取締役としての権限を停止されることになる。それはご存知ですよね?」
 
大岩の沈黙は「それは知っている」という意味だった。
 
「採決を取ります。挙手でかまいませんか?」
 
役員たちはその質問には応えようとはせず、全員が静かに右手を上げていた。
 

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