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役員たちが立ち去った会議室の、大きな楕円形テーブルの一画にポツンと残された大岩は、ほんの数分前にこの部屋で決められた決議によって、代表取締役としての権限を剥奪され、すべての社内業務に関わることさえ禁止された、「ただの男」となっていた。
(田所め・・・。正義の使者にでもなったつもりか・・・)
その脳裏には、専務取締役、田所新平の顔が過ぎってゆく。
(何が調査委員会だ。愚か者めが・・。たとえ私が事業に関与したことが判明したとしても、それを理由に私を解任することなど、お前らに出来はしない・・私を誰だと思っているのだ!)
大岩は、今日の会議の出席者全員の名前を思い出しながら、心の内に報復を誓った。
(お前らは全員首だ。いや、全員、計画に参加してもらうことにするか。そうだ・・それがいい。この件に決着がついたら、お前らを全員、T国に飛ばしてやる。特別病棟で、その愚図な脳みそを取り出して、晒し者にしてやる・・・)
(田所・・どうせお前には何も出来ないのだよ。この計画を世間に晒してみるか?私を刑事告訴してみるか?そんなことをしてみろ。この会社はおしまいだ。取引先のすべてを失い、事業は崩壊するぞ。役員も全員、日本中から非難されることになる。これまでの実績も、積立金も退職金もすべてパーだ。やれるものならやってみろ。何も出来やしない。お前の正義なんて、無意味だってことを知るがいい!)
大岩は突然、思い立ったように立ち上がった。
(とりあえず、今後の対策を講じる必要がある。この計画を潰させるわけにはいかない。この計画には長い時間と多大な資金と、そして私の夢が注ぎ込まれているのだ)
大岩は大股で歩き出し、会議室を出ると、その足を一直線に社長室へと向ける。彼の部屋の金庫の中には、T国との間で取り交わされた「密約条項」が入っている。そしてそこには「緊急時対策マニュアル」が記されているのだ。そのマニュアルに、データが外部からの侵略を受けた際に、プログラムをロックさせる手順が書かれている。
(まだ間に合う・・・あいつらはまだ、個物のファイルを開いて見るのが精一杯のはずだ。オペレーション・プログラムが無事なら、それをどこかのサーバに移してしまえばいい。社内の人間が接触できない、高性能サーバーに・・・)
その条件に合致するサーバーが、大岩の脳裏に浮かび上がっていた。
(伊豆か・・そうだ。それがいい。どうせ持ち主はもういないのだ!)
社長室に駆け込んだ大岩は、逸る気持ちを抑えながらデスクの引き出しを開け、金庫の鍵を取り出した。
(国際援助プロジェクト・アジア地区・市場開発計画)
その分厚いファイルをデスクの上に置くと、索引を開いて関連項目を探し始める。
その時・・・。
ふと、廊下に人の気配を感じた大岩は、足音を殺してドアへと向かい、ゆっくりと扉を開いた。
そこには・・・。
目の前に伸びているはずの「廊下」はなく、壁も天井もない。そこには「闇」が広がっていた。
「な・・・何だ・・・これは!」
自分の足元を見ると、部屋と廊下の境目から、革靴の爪先が闇へと吸い込まれているように見え、大岩は慌ててドアから遠ざかると、勢いよくドアを閉めた。
「ば・・ばかな・・・ありえない・・・」
よろめきながら部屋に戻った大岩は、窓の外に視線を走らせた。最上階から見える東京の夜景はいつものように、キラキラと美しく瞬いている。大岩は窓のロックを解除すると、それをゆっくりとスライドさせた。
そこには・・やはり・・・。
窓ガラスの向こう側に広がっているはずの「大都市」がなく、そこにはすべてを吸い込んでしまいそうな「闇」だけが、無限の彼方へと続いている。
「あ・・ああ・・・!!」
何が起きているのか、大岩は俄かにそれを理解することが出来ないまま、慌てて窓を閉める。スライドする窓ガラスの、その平面の上には「夜景」が描かれている。夜景は再び、社長室の窓の向こうに見える。
(ブラック・・アウト・・・!!)
馬鹿な・・・。と、大岩は呻いた。そんなものは擬似空間の中にだけ起きる現象であり、この世で起きるはずがない。うろたえながら窓際から遠ざかるが、その視線を「窓の夜景」から外すことが出来なかった。大岩は恐る恐る窓に近づくと、意を決して、再びそれを開く。
(く・・くそ・・・ありえない・・嘘だ・・・嘘だ・・・!!)
部屋の外側に、無限に広がっているはずの世界が、大岩の視界から完全に消滅していた。
「会議は・・ついさっき終わったばかりだぞ・・・ありえない・・・何だ・・・これは!」
初めて目にする「無限の闇・・・ブラック・アウト・ゾーン」、それがこの「現実世界」で起きていることに、大岩は混乱し、錯乱していた。
「馬鹿な・・・現実世界から物質を消し去ることなど出来やしないではないか!」
(では・・ここは・・・現実世界ではないと・・・ないとでも言うのか!)
混乱する頭脳の中で、大岩は「その可能性」を模索する。ここが現実ではなく、「セカンド・ユニバース」であるという、決して受け入れられない可能性を検討する以外、この「事実」を説明することは出来ない。
(嘘だ・・・すべてが擬似空間だと言うのか!)
(さっきの会議は何だ!いや・・伊豆から車を走らせ、ここまで来た私は、現実の私ではないか!)
(現実の車を運転し、現実の道路を走り、現実の信号機で停止し・・・現実の・・・現実の・・・現実の・・・現実の・・・)
(その現実がすべてセカンド・ユニバースで行われていたとするなら・・・)
(そして・・ここも・・セカンド・ユニバースで・・・)
(そ・・そんなことは不可能だ!)
(そんなことは・・・誰にも出来ない!)
だが、もし・・それをやってのける人間がいるとするなら・・・?
繰り返す自問自答の中に、「その可能性」が過ぎってゆく。
(美咲・・・・)
その名前を思い浮かべた直後、大岩は自分の背後に人の気配を感じて振り返った。
「やっと思い出してくれたのね・・・社長・・・。」
来客用の重厚なソファの上に、脚を組んで微笑む「見慣れた顔」がある。大岩は動物的な反射で、窓際まで飛び退いていた。
「どうしての?祐介さん。死人でも見るような顔をして・・・。」
「み・・・美咲・・・君・・・どうして・・・ここに・・・」
乾いた唇から、途切れ途切れの言葉が零れ落ちる。
「うふ・・・迷惑でしょ?社長。あんなに一生懸命に殺した女が生き帰っちゃってね。」
その笑顔の奥に、自分を突き刺すような刃の光を感じ、大岩はその場に座り込んでしまった。
「社長・・・私はね・・女神なの。」
「・・・・」
「女神は殺せないのよ・・・人間のごときには・・・ね。」
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電脳の女神
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