羊の隠れ家

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電脳の女神

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(澄川美咲・・・そもそもこの女に頼り過ぎたことが間違いだった。確かに美咲は天才だ。美咲のおかげで、第二世代セカンド・ユニバースの完成は粗相よりも2年も早まった。だが、女は所詮、女だ。感情的になると、前後の見境がない。)
 
大岩は、追い詰められている自分をヒシヒシと感じながらも、何とかこの状況を打開する必要があった。
 
(たとえ貴重なメモリーを消されても、プログラムとシステムさえ残っていれば・・・現実世界に戻ればいくらでもやり直せるチャンスはある。とにかく今は、向こう側に帰ることだけを考えよう・・・)
 
「美咲・・・・。」
 
大岩はうなだれたまま、静かな声で美咲に呼びかけた。
 
「もういい。わかった・・。私の計画は終わりだ。そ・・そして、私は君や役員たちに告訴されるのだろう。だが、それも運命というものだ。私はこの会社の代表としての責務を逃れることはできないのだから・・・。」
 
「告訴・・?社長。貴方はここから帰れると思っているのですか?」
 
冷ややかな、そして大岩が予想していた通りの言葉だった。
 
「ああ。もちろん、私は帰る。そして君たちの糾弾を受けるつもりだよ。美咲・・・。」
 
「おめでたい人ね。貴方は・・・。私が貴方を、ここから出すと思ってるの?」
 
「もちろん・・・思ってるさ・・。」
 
二人の視線が、一瞬だけ空中で交わった。
 
「美咲・・君は後悔しているはすだ。今回のことも・・・そして柏木孝之と由美子のことも・・・そうだろう?美咲・・・。」
 
「・・・・・・?」
 
「私にはわかる。いや・・わかっていたんだ。君は・・一時の感情であの二人をマインド・ロストさせた。自分の感情を抑制できずに、科学を私物化した。そして君はそのことを今も後悔し、悩んでいる。違うかい?美咲・・・。」
 
「な・・何のことかしら?」
 
「君は、あの二人が会社の乗っ取りを画策していることを私に告げ、私からの依頼を受けるという形を作ってあの計画を実行した。しかし真実は違う。あれは君自身の個人的な報復行為だ。」
 
大岩は、慎重に、しかしさり気なく美咲の表情を伺う。その顔には明らかに動揺の色が浮かび上がっていた。
 
「勘違いしなでくれ。美咲。私は君を責めているつもりじゃない。そんな資格が私にないことは十分にわかっているよ。だけどね、美咲・・。私は君に、二度と同じ思いはさせたくない。君は科学者だ。科学は何よりも論理が優先される。私情がどうであれ、感情がどうであれ、科学に求められるのは、常に冷静で論理的な判断力だ。」
 
「そうかも知れないわね・・・。」
 
「ああ。そうだ。だから冷静になって欲しいんだ。日本は法治国家だ。法律だって科学であることには違いない。君の後悔はそこにある。君は、自分自身が法律という、社会の法則を無視してしまったことを後悔しているんだよ。だから・・もう二度と、同じ過ちは犯さないでほしい。」
 
「・・・命乞いにしては、ずいぶん上から目線なのね・・社長・・・。」
 
「命乞いなどではない・・・わかった。君が感情にまかせて、ここで私を葬ると言うなら、それも良いだろう。だが、それでは君は、この私と同類の人間だ。科学の発展のためだと言いながら、持てる知識や技術を私物化し、優越感に浸っているだけの、下らない人間に成り下がるがいい。」
 
美咲は黙ったままだっだ。反論がない。反論できるだけの勇気がなかった。
 
「確かに君は天才だ。だが、君のその能力は誰から授かったものだ?ここを見てみろ。この擬似空間はまさに奇跡だ。美咲・・・こんな奇跡のような仕事を、君はまさか自分一人だけの能力で達成しているのだは、考えていないだろうな?君が能力は、これまでにコンピューター技術を積み重ね続けてきた多くの先人たちの努力と、そして数百億円という投資がなければ実現しないものだ。君はそれらのすべてを私物化し、自己の感情を鎮めるだけの、詰まらない道具にしようとしている。」
 
返す言葉が見つからず、美咲は唇を噛んだ。悔しさが滲み出る。(貴方に私を批判する権利はない)と言いたかったが・・・しかし。
 
(・・・では自分にはこの男を裁く権利があるのだろうか?)
 
(ここで起きてしまったことの責任は、すべて自分にあるのではないだろうか。私がこの・・・セカンド・ユニバースを生み出さなければ、あの子達だって、あんな酷い目には遭わなかったはずよね・・・。)
 
「美咲・・・私は・・・。」
 
「もういい・・・わかったわ・・・。」
 
「そ・・そうか・・・わかってくれたか・・・。」
 
「貴方を現実世界に帰します。あちらで、好きなだけ裁きを受けてください・・・。」
 
「ああ・・もちろん・・・。」
 
(よし・・とにかくこれで向こうに帰れる。やはり女は所詮女。感情には感情だ。これで私の勝ちだ。この馬鹿女は自分の感情を抑制できずに、大事な証拠を消去してしまった。証拠がなければ、あの計画は立件さえ出来ないだろう。何しろ計画のパートナーはT国政府の人間だ。容疑者として逮捕することさえ不可能だろう・・・。事件はせいぜい、美咲に対する障害罪程度のものだ。弁護団を組織して、痴話喧嘩で銃が暴発したという線で、終わらせてやる。美咲・・私の財力を舐めるなよ・・・この件が片付いたら、地獄に行くのはお前だ。今度こそ、本物の地獄に送ってやる・・・)
 
「社長・・・私はもう帰ります。向こうに帰ったら、5分後に貴方を転送します。」
 
「し・・信じてるよ。美咲・・。」
 
「ええ。大丈夫ですよ。もう騙したりしませんから・・・。」
 
美咲はそう言って立ち上がると、ドアに向かって歩き出した。
 
「ああ・・そうだ。社長・・・。」
 
「うん・・?何だね?」
 
「5分間、退屈でしょう。ニュースでも見ていてくださいね・・。」
 
美咲が「ドアの外」に出てゆくと、やがて大岩の間の前のスクリーンにTV映像が映し出された。
 
「皆さん。今晩は!ニュース22の時間です。今日は大変ショッキングなニュースが入ってきました。本日午後4:00頃、T国のおいて軍事衝突が発生し、現在、T国の首相官邸を初めとする政府の重要機関がすべて、軍隊によって制圧されている模様です。では現地から入った情報を・・・・。」
 
(T国で・・軍事衝突・・・!!)
(首相官邸が制圧されているだと・・・!!)
 
 
大岩は、自分が「こちら側」にいる間に「あちら側」で起きた出来事の重大さに、その両手に汗を握り締めながら、その報道番組に食い入っていた。

 

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