羊の隠れ家

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■箱の次元(Box dimension) 【1】

「草野由仁男(くさの・ゆにお)」
 
精神医学研究所の「レクリエーション・ルーム」の中央に座っている男性の名前だった。3週間ほど前、○○市内において家宅侵入の現行犯で逮捕された男性である。それは奇妙な事件だった。草野は家族旅行に出かけていて留守だった住居に侵入し、その家で3日間を過ごしていた。留守であるにも関わらず、夜になると部屋の明かりが灯ることを不審に思った近所の住民に通報によって、駆けつけた警察官に取り押さえられたのだが、その時、彼はリビングのテーブルの上にミカン箱ほどの段ボール箱を置き、その中に数体の「人形」を入れて遊んでいたというのだ。
 
警察署に連行され取調べが始まったのだが、担当した刑事は、彼の言動に「精神的な不安定さ」を感じ、やっかいなことになる前に精神鑑定を受けさせるべきだと、上司に進言したのだった。東京の郊外にある「(財)精神医学研究所」は、4年ほど前に(財)日本精神医学協会と厚生労働省による。所謂「第三セクター方式」で設立された施設だった。
 
この奇妙な不法侵入犯「草野由仁男」の診察を担当することになった精神科の医師「島崎俊樹(38)」は、この研究所の設立当初から、ここの専任医師として勤務していた。12畳ほどの広さがあるレクリエーション・ルームには、家具類は一切無く、子供用の玩具や大人が読む週刊誌などがカーペットを敷き詰めた床の上に散乱している状態だった。由仁男は、それらの物品には目もくれずに、部屋の中央に座り込んだまま、自分の所持品である「段ボール箱」の中をうれしそうに眺めているのだった。
 
「先生・・・今日も一日、あの調子なんでしょうかね?」
 
レクリエーション・ルームの中を観察するために設けられた窓から、部屋の中を覗き込みながら、島崎の助手として勤務している「杉沢香苗(26)」が退屈そうな表情をする。
 
「ああ、おそらくな。今日で4日目だな・・・。」
 
「しかし、飽きずにやってますね・・・お人形さんごっこ・・・。」
 
助手の杉沢香苗は、この4日間で由仁男の(お人形さんごっこ)にいくつかのパターンがあることを確認していた。しかし、ストーリーの展開はどれも似たようなものであり、香苗の興味を引くような出来事は起きそうになかった。
 
「要するに、あの箱の中が(彼の人生)ということなのでしょうね?」
 
「まあ、そう考えるのが自然だね。現実社会との関係性をすべて遮断して、彼は箱の中に(自分の生きる場所)を創造している・・と言うことだろうな。」
 
「彼が自分のためだけに創り上げた世界なのでしょうね。それにしても人間が3〜4人しかいない世界で、飽きもせずによく続きますね・・・。」
 
箱の中には「人形」が5体ほど入っている。人形と言っても、それは人間の形をしていない。直径が約4Cm、長さが15Cmほどの小さな丸太のような「木片」に過ぎないのである。この木片には目、鼻、口、耳がボールペンで描かれているだけであり、手や足は存在していないのだ。
 
木片には、それぞれの人物的特徴を現すための「紙テープ」が、まるでマフラーのように首の辺りに巻きつけられている。本人である「草野由仁男」の人形には黄色いテープが巻かれ、その他の人物にも、それぞれの色が決められているようである。
 
一番仲のよい友人「裏名利(うらなり)」には黒い色のテープが巻かれ、もう一人の友人「荏子田(えこだ)」には青い色のテープが巻かれていた。草野由仁男が箱の中で上演している「お芝居」は、この3人を主軸にして展開されている。他の数名の「役者たち」は、普段は箱の隅に並べられ、ただそこに立っているだけである。その様子はまるで、自分の出番が少ないことを不満に思っているかのような雰囲気さえ感じられるのだ。
 
杉沢香苗はレクリエーション・ルームに設置されている観察・記録用のビデオカメラをリモコンで動かし、「草野由仁男劇場」の様子をモニターに映し出した。
 
裏名利・・・「どうやら荏子田君は、由仁男君が主張している(存在次元論)をよく理解していないようだね。まあ、彼は天才だから、その理論が庶民に受け入れられなくても仕方の無いことかも知れないけどね。」
 
荏子田・・・「そうですかねえ、僕が理解していないということを、どうして君は理解できるのですか?」
 
裏名利・・・「君が理解していないことは、君の理解できることじゃないのに、君はそれを理解していると言うから、理解していないことを理解しているという君の理解は、やはり理解を理解していないという理解なのだと、僕が理解できて当然ではないか?」
 
荏子田・・・「それは違うよ。裏名利君。君は理解しているか理解していないかを理解するための理解力に問題があるんだよ。理解していないという理解は、理解しているという理解とは異なる理解だってことを、もう一度よく理解するべきだよ。」
 
裏名利と荏子田の間では、このように常人では「到底理解不能」の会話が、何度も何度も繰り返されるのだ。そして、二人の討論がヒートアップしてくると、そこに黄色いテープを首に巻いた「主人公=由仁男」が登場するのだった。
 
由仁男・・・「裏名利君は少し攻撃的過ぎますよ。僕の(存在次元論)は、永久平和と永遠の命を目指すものなのです。世界の人々が存在次元論を理解できるようになれば、世界は恒久的な平和を実現できるのです。戦争や飢餓やセクハラや人種差別や低所得問題や南北問題や三角関係やイジメ問題や貿易摩擦や犯罪の増加や喫煙者の増加や核兵器問題や育児ノイローゼのよる幼児虐待や地球温暖化やイデオロギー対立や嫁姑対立などが解決できるのです。ですから、皆さんに是非、僕の存在次元論を理解してほしいのです。」
 
数日間の観察によって、この「由仁男劇場」は、由仁男本人が創案した「存在次元論」という、何やら哲学めいた思想体系が話題の中心であることが判明していた。つまり裏名利と荏子田の言い争いは、主人公を登場させ、この存在次元論を誘発する
ための演出であり、二人が混迷を深めれば深めるほどに、その二人の間に立つ主人公の「知性」が引き立つという演出である。
 
裏名利・・・「由仁男君。君は君自身の存在次元論に依存し過ぎているようだね。人間の社会はそれほど単純ではない。君の思想だけで世界中が平和になるはずがないじゃないか?」
 
由仁男・・・「そうなるか、ならないかは、世界の人々次第なのですよ。僕はもう、やれるだけのことをやったのです。世界を平和にしたい。僕は心からそう願っているのです。しかし、力が足りないのかも知れませんねえ。とほほ。」
 
攻撃的な友人「裏名利」がより攻撃的に振舞えば、その反対側に立つ「主人公=由仁男」の心の優しさが際立ってくる。これも毎回のように繰り返される演出だった。
 
そのような分析を進めた結果、主治医の島崎俊樹の中に、ある確信が生まれた。
 
(やはりこの演劇は、自分が一人芝居を楽しむという目的だけで演じられているものではなく、明らかに「観客の目」を想定しているように思える。彼はこの芝居を誰かに見せているのだ。)
 
「そのことと、今回、彼が起こした犯罪とは、何か関係があるのでしょうか?」と、助手の杉沢香苗の質問だった。
 
「彼は他人の家屋に不法侵入して、その家の中でこの「茶番劇」を演じ続けた。おそらく彼の「観客を求める」という潜在意識の表れだと捉えることも出来る・・・。」
 
「はあ、なるほど。ではやはり、彼もたった一人で芝居を続けることには、無意識の苦痛を感じているということですね?」
 
「そうだね。そう考えるのが自然だろう。多分、この瞬間にも彼は、我々に観察されていることを意識しているはずだよ。」
 
香苗はモニターを見つめた。ダンボール箱の中に役者を入れて、虚しい一人芝居を淡々と続けている男の姿を見て、香苗は人間の心の奥にある「闇」を、また一つ発見したような気分になっていた。
 
(続く)

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