羊の隠れ家

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■箱の次元(Box dimension) 【2】

「やあ、由仁男さん、こんにちは。」
 
「ああ、先生。こんにちは。お元気ですか?」
 
「ああ。私は元気だよ。由仁男さんも元気そうじゃないか。」
 
「はい、今日はいつもより体の具合が良いみたいです。」
 
「ほう・・・いつもは体の具合が悪いのかな?」
 
「ええ、緊張するとお腹が痛くなるんですよ。」
 
「そうか、それは気をつけないとな。ところで由仁男さん。演劇の研究は進んでいるのかな?」
 
島崎は、由仁男がこの研究所に来た初日、彼の行動を「一人芝居」だと本人に指摘したのだが、その時、由仁男は顔を真っ赤にして怒り、とうとう初日は診察出来なくなってしまった時の経験から、彼が自分の行動を「それなりに恥ずかしい遊び」として認識しているのだと確信していた。その時、由仁男は島崎にこう言ったのだ。
 
「僕は演劇の研究をしてるんですよ。先生。」
 
それ以来、島崎は由仁男の「ダンボール劇場」を見ても、決して「一人芝居」だとは言わずに、彼の言い訳を採用することに決めたのだった。
 
「今日はどんな劇を作っているのかな?」
 
「はい。今日は僕の(存在次元論)について、裏名利君と荏子田君が話し合っているシーンのリハーサルをしているところです。中々台詞が決まらなくて苦労していますよ。」
 
「そうか。ところで由仁男さん。今日はちょっと面白い遊びをしてみようと思ってるんだが、協力してくれるかい?」
 
「ええ、いいですよ。先生。どんな遊びですか?ワクワクするなあ!」
 
島崎は白衣のポケットから、3本のリボンを取り出した。
 
「ここに黄色と黒と、青のリボンがあるね。」
 
「ええ。私の役者たちのネクタイと同じ色ですね?先生・・。」
 
「そうだね。じゃあ、始めようか。まずはこの黒いリボンを首に巻いてくれるかい?」
 
「はい。いいですよ。先生。僕が裏名利君の役をやるんですか?」
 
「いや、違うよ。君はリラックスして、目を閉じてごらん。」
 
「・・・はい、先生・・・。」
 
「さあ、由仁男さん。貴方はゆっくり眠くなる。静かに静かに・・眠ってゆく・・・。」
 
黒いリボンを首に巻いた由仁男は、いとも簡単に催眠術にかかり、首をこっくり、こっくりと揺すりだした。
 
「さあ・・私が合図にたら目を覚ましましょう。いいですか?”裏名利”さん。目を覚ましてください。」
 
島崎は催眠状態にある由仁男に向かって「裏名利さん」と呼びかけた。
 
すると・・・。
 
「ああ、先生。お元気ですか?いつも由仁男がお世話になってますね。」
 
「君は裏名利さんだね?」
 
「ええ。もちろん裏名利ですよ。」
 
「君は確か、由仁男さんの友人だったよね?」
 
「まあ、友人というか、助っ人というか・・・そんなところですよ。」
 
「助っ人・・・?由仁男さんは何で助っ人が必要なんだろうね?」
 
「ええ。彼は体が弱いし、精神状態も不安定なんですよ。だから他人から批判されたりすると、すぐに病気になる始末です。そんな時は、私が由仁男に代わって批判者の相手をすることになっているんですよ。」
 
「ほう。批判者ねえ?その人たちはどこにいるんだい?」
 
「やだなあ、先生。姿は見えませんよ。声が聞こえるんですよ。」
 
「ふむふむ・・・声がねえ・・。で、彼らは由仁男さんの何を批判するんだい?」
 
「決まってるじゃないですか。由仁男が生み出した(存在次元論)を批判するんですよ。多分、ひがみってやつでしょうね。嫌がらせばかりされて、由仁男が可哀相ですからね。だから私が彼らと戦うんです。」
 
「戦うのかあ・・・。でも、確か(存在次元論)では、戦争や紛争は否定されているんだろう?」
 
「それはそうですけどね、(存在次元論)が守られなくなれば、世界は益々悪い方向へ進んでしまうことになるでしょ?」
 
「うーん・・・それはどうだろうね?」
 
「やだなあ。先生。常識で考えてくださいよ。世界に恒久的な平和を齎す思想を否定しようとする奴らは、どうせ戦争好きの悪魔に決まってるじゃないですか?そんな奴らは暴力的に駆逐してしまうのが一番良い解決策なんですよ。」
 
「でも、存在次元論では話し合いを尊重するんだろう?」
 
「それは賛成者たちによる話し合いのことですよ。反対者は何を言っても聴く耳を持ちませんからね。反対者どもは全員、頭が悪い。頭が悪いから存在次元論を理解できないんですよ。」
 
「そうか。なるほど・・・。ところで貴方はよく、荏子田さんと言い争いをしているようだけど、荏子田さんは存在次元論の賛成者ではないのかね?それとも反対者なのかな?」
 
「荏子田の奴は、いちおう賛成者なんですけどね、あいつも今一、ちゃんと理解できていないから注意してるだけですよ。」
 
「なるほど。よくわかったよ。さて、貴方もそろそろ疲れてきたでしょう?」
 
「ええ・・そうですね・・・最近、あまり熟睡してないから・・・眠くなってきました。」
 
「では、私の合図で・・貴方はゆっくりと眠りの中へ落ちてゆきますよ。いいですか・・・1・・2・・・3・・・」
 
こうして「裏名利」は眠りについた。島崎は、首をうな垂れたまま眠っている「由仁男」を、しばらく見つめていた。由仁男の額の中央には、大きなホクロがある。
 
(まるで仏さんだね・・・)
 
半開きの口から涎を垂らして眠っている仏さんの姿を想像して、島崎はにやっとする。
 
(荏子田でも実験しようと思っていたが、それはいいだろう。どうせ結果は同じなのだ。)
 
島崎は、由仁男の首に巻きついている「黒いリボン」は外すと、それをそっとポケットにしまった。
 
(明日はいよいよ・・・)
 
明日、島崎は、由仁男の首に「黄色いリボン」をかける予定だった。つまり由仁男本人が「役者・由仁男」として現実世界に出現することになる。
 
(明日が楽しみだな・・・・)
 
腕時計を見ると、すでに午後5時を20分ほど過ぎていた。
 
 
(続く)
 

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