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■24時間の記憶【2】
30人の村人全員に「A地点情報」が行き渡ると、人々はそれをあまり口にしなくなる。「ねえ、知っている?」と、誰かにそれを伝えたいが、もうみんながそれを知っていることを、伝えたい本人も知っているので、つまり「その話題を話しかける相手がいない」のだから、当然、そのことは話題にならなくなる。
このようにして「記憶の更新」が終了すると「A地点情報=記憶」は次第に消滅してゆく。この30人の村では、30人全員がそれを知るまでに1週間ほどかかり、次の1週間で情報は減衰し、そしてやがて消滅してゆくことになる。
■この「お話し」は、次のような反論を誘発する。もともと、それを誘発させるために俺が機密に組み立てた話しなのだ!(笑)
「人間は記憶していることがあれば、それを思い出せるのだから、自分で思い出せば情報は更新されるはずです。従って1週間で情報が消滅するという考え方は間違いです。」
「へえ。思い出せるのかい?」
「ええ。思い出せるから記憶なんでしょ?」
「じゃあ、思い出してくれよ。」
「な・・何をですか?」
「何かを思い出してくれ。」
「何かじゃわからないですよ。」
「つまり、思い出せないんだろう?」
「違います。質問が出鱈目なんです。」
「出鱈目じゃないよ。何を思い出すということは、その何かを刺激する具体的な作用が必要だってことだ。昨日の夜、君は何を食べた?」
「カレーライスです。」
「ほら、(昨日の夕食の記憶=カレーライス)を思い出すためには、「昨日、何を食べたの?」という具体的な質問、つまり「夕食記憶を刺激する外部からの刺激」が必要であり、これがない限り、君は今、この瞬間に昨日はカレーを食べたなどということを思い出すはずがないんだよ。」
■記憶が蘇る=「思い出す」とは、その記憶に関連した外部刺激に誘発される反応である。
1)ある一つのセル「□」が、強い外的刺激によって「凹」に、その形を変えるが、これは24時間で元の形に復元する。熱力学的に表現するなら可逆性があると言い、工学分野では弾性性質があるなどと言う。つまり「押せばへこむが、しばらくすると元に戻る」ということだ。こんな物質は世の中にゴロゴロと転がっている。たんぱく質の構造も同様である。
2)「凹」となったセルが放つ情報は「△」である。「セルA」から放たれた「情報=△」を受けた「セルB」は、その形を「□」から「凹」に変える。その領域に30のセルがあれば、それぞれが皆、「情報=△」を受け取り、全部の形が「□」から「凹」に変わるということだろう。
3)すべてのセルに「情報=△」が行き渡り、全部のセル形が「□」から「凹」と変化した時点で、その領域における「情報=△」の放出が減衰してゆく。外部からの刺激がなければ、物質の放出はない。
■「記憶保存時間が24時間の人間が30人住んでいる村」において「A地点情報」は「情報の蔓延〜衰退〜消滅」に2週間ほどを要したと言うことは、ここに60人が住んでいれば、それは単純に計算して4週間となり、120人であれば8週間となる。
ある村の人たちは昔のことをよく覚えているが、別の村の人たちはあまり覚えていない。このような事象を比較分析する場合「人間の個々の記憶力」よりも、その村の総人口と、交流密度(頻度)を考慮すべきである。例文からも証明されるように「個人の記憶力」は周辺環境によって変わってゆく可変的な事象であり、実は大して問題にすべき事柄ではないことが理解できる。
問題は・・・
その集団を構成するセルの数と、ネットワークの緻密さである。神経細胞の総数が少ない脳は「すぐに忘れる脳」であるということであり、多くの情報を扱えない脳であり、「同じことをいつまでも繰り返す脳」だと言うことだろう。
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