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俺はやくざだ。16で上京し、持ち前の腕力と決断力と回転の速さでのし上がり、30前には幹部に昇格し、今では親分の右腕として活躍している。数千人の資産家が俺に騙されて財産を失くした。数百人の人妻を香港に売り飛ばし、数十人の極道どもを身体障害者して、数人の組長を天国へ送ってやった。まさに極道の鏡であり、日本やくざ業界の明日を支えるエース的存在である。 ある日の午後、自宅で寛いでいると玄関のチャイムが鳴った。 「あのお、私、ある組織の代表なのですが・・・」 組織・と聞いて、俺は、素早く「チャカ」を取り出すと、それを胸に隠して防犯カメラにモニターを見た。そこには「アホの坂田」そっくりの中年男が、申し訳なさそうに立っていた。 ガラステーブルを挟んで、俺の向かい側には「アホの坂田」が正座している。何でこんな野郎を自宅に上げたのか、自分でも不思議だった。アホの坂田は、両手に持った荷物をテーブルに置くとこう言った。 「えー、現在、私どもの組織では会員さんを募集しておりまして、これは、そのお、入会してくださった方への特典としてお配りしてます粗品でございます」 1つ目に箱は、どこからどー見ても洗濯洗剤であり、もう一つの箱には「滋養強壮剤・チョーボッキ」と書かれている。 「だから、どんな組織かって聞いてるんだ。」 俺が、やや苛立った声を上げると、アホの坂田は「ビクリ」と体を震わせ、内ポケットから名刺を取り出して、それをテーブルの上に置いた。 「宗教法人・幸せ教会」と書いてある。俺は呆れた。この馬鹿は、よりによって「やくざ者」に入信を勧めに来たのだ。 「実は最近、会員の数がめっきりと減りまして、このままでは私の立場も危ういの、こうして代表者の私が・・」 俺は苦笑した。代表者が洗剤と栄養ドリンクを持って「個別訪問営業」する宗教団体だと? 「いったい、何人を入会させればいいんだい?つまり目標勧誘数は何人だい?」 俺はカラカイ半分にそう聞いてみた。 「はい、実は500万人ほど・・・」 「てめえ・・・なめてんのか・・」 俺は再び、ドスの利いた声で、坂田を睨みつける。 「こんな、馬鹿みたいな勧誘方法でどーすれば500万人も集められるんだ!それともお前はただの馬鹿なのか?」 「だ・・だめでしょうか?無理ですかねえ?」 アホの坂田は真顔で言う。 「無理も糞もねーだろ?こんな方法で1日中歩き回って、仮に1日に5人が入会したとしてもだな・500万人に 達するまでに100万日かかるってことぐらい、小学生でも分かるだろ。ボケ!」 アホの坂田はすっかり落ち込んで下を向いていた。俺は、その惨めったらしい姿を見ながら、こいつを部屋に入れたことを後悔していた。 (宗教団体と聞いて、金づるにでもなるかと思ったが、こりゃ無理だな・・・) 坂田は、ふいに顔を上げると、俺を見つめた。 「な、なんとか私を助けてもらえないでしょうか・・・このままでは・・・」 「馬鹿め。そんな糞団体などさっさと潰れてしまえ。」 「いや、それでは、私の将来が・・」 「てめえの将来だと?てめえはそーやって、洗剤持って新聞の勧誘でもしながら暮らせばいーじゃねーか。」 「む・・無理ですう・・長いことシャバには降りてないんで、シャバの生活なんて私にはできません・・」 「シャバ」と聞いて、俺はびっくりした。この野郎「前科者」か? 「ほう・・・あんた、どれくらい「あっち」にいたんだい?」 俺がそう聞くと、今度はアホがびっくりした。 「ど・・どうしてそれを?」 「どうして・って、そりゃあ感で分かるさ」と、俺は笑ってみせた。 「すごい感ですね。私は実は、シャバは2000年ぶりでして、もう、この辺りの様子もすっかり変わっていて驚いたの何のって・・」 俺は、アホが話終わらない内に、アホの胸倉に手を伸ばして掴み上げた。 「おい、こら。てめえ・・戯言もたいがいにしとけや。何が2000年だあ!なめてんのか!!」 「グウ〜・・く・・苦しい・・・離してくださ〜い・・・ほ・・本当です・・本当なんですう〜!!」 アホの坂田は、床に両手をついてゼイゼイと肩で息をしながらテーブル越しに俺を見ている。俺はテーブルの上のアホの名刺を見つめていた。 「宗教法人・幸せ教会」・・・その横に小さな文字でこう書かれていた。 「代表・神様」
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アホの坂田が笑ってる
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