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「コンピューターの中のバーチャル世界」
もうSFでは手垢がついているネタだが、あえて題材として書き続ければ、何か新しいこともみえてくるのでは?と、そんな思いが心のどこかにありました。
「目で・何かを(全体を)・見ている」
こんな当たり前のことも、それを論理的に定義しようとすると、生物学や物理の理屈は避けることができなくなります。「見ている=光子が網膜を刺激している」ということなのですが、近年では、この網膜を擬似的に再現したモデルを使いそこに映し出されている映像としうものをシュミレーションできるシステムまで存在します。その実験よると、そこに写っている映像とは、我々が見ているものとは比較にならないほど情報量が少なく、輪郭や色合いまでがぼやけてしまっているのです。
この「不完全な映像」を補正し、修復しながら「意識」へと送り込むことによって、我々はようやく「ちゃんと見ることができる」という訳なのですが、この「補正・修復」する際の「部品」というものが、実は「記憶」なのです。「見たことがある=覚えている」
つまり目から(網膜から)送られてくる不完全な映像情報を「それを見たことがあるという記憶」と照らし合わせながら、修正することによって、ようやく「視力」というものが実現しているということになります。ですから「記憶する量が多い」ということは、修正・補正用の部品を多く持っていることになり、これが多ければ多いほど、「正しい現実」を視覚として捉えることができるということになります。
言うまでもなくコンピューターにも、この「記憶機能」があります。と言うより記憶こそがコンピューターの中枢だと言っていいでしょう。たくさんの記憶(記録=部品)の中から、今、この瞬間に求められている「適切な修正用部品・補正用部品」を素早く選び出すのがオペレーション・システムの役割となる。このように考えると、人間の持っているメモリー領域の膨大さと、それを選び出し、瞬時に組み合わせて「映像化」しているOSの性能の物凄さを実感せざるを得ません。
本編に登場する「未来型スーパーコンピューター」は、「セカンド・ユニバース」を実するために、人間の脳に存在する「記憶」を信号化して受け取り、それを自身のCPUに取り込み、修正・補正しながら、そこに「擬似世界」を構築した後に、その情報を人間の脳に送り返すというような方式によって、そこに創造された世界に複数の人間を存在させることが出来るのではないかというアイデアに基づくものです。これを実現させるための論理回路の設計と、プログラムを開発したのが主人公である「澄川美咲」という女性なのですが、改めて読み返して見ると、彼女のパーソナリティー(キャラクター)の描写に筆が足りていないなあ、という印象です。反省してます。(苦笑)
また、エンディングに近づくにつれて、このシステムの中に「意識」が生まれてしまいそうな妄想に駆られ、「人工知能」という概念を挿入しながらドラマを組み替えたいという、読者の皆様を無視した、極めて作者本位の欲望に囚われていたことも事実です。
「人工知能」
ほんの僅かですが、ドラマの中に「コンピューターの能動的・主体的な反応」というものを描きました。これによって、殺されかけている主人公を救うことが出来たので、結果的には「よかった・よかった」ということですが・・・(苦笑)「意識」と呼ぼうと「知性」と呼ぼうと、それは所詮、脳内でやり取りされている「情報=信号」であることは代わりなく、この情報量が膨大となり、過密となっていれば、そこには「主体的な反応=意識」が創出のだと、断定的に結論した上でのドラマ設定ですが、あながち外れているとも思えないこの頃です。
「最後に・・・」
あまり技術的な描写が続くと、それに興味のない方々には退屈なお話になってしまうのですが、逆にそれを省き過ぎると、「ホラータッチ」になってしまうという、極めて難しいテーマでしたが、勤めて「エンタメ的」に描いたつもりです。そして、今後、何らかの切欠があれば、「続編」として、このテーマをもっと突き詰めてゆきたいと考えております。
読んでくださった方々には、心から感謝しております。
ありがとうございました!
尚、トップの画像は、友人でありアドバイザーでもあるプリンス氏の「すげー妄想」です(笑)彼の描く抽象的な世界観は、この物語にマジでフィットしているので、お借りしました。(感謝!)
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電脳の女神
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土曜日の午後。社員のほとんどが仕事を終え帰宅した後、外回りの営業を終えた若い男子社員が社員食堂に駆け込んで来た。外販営業部の若きエース「木村営業部長」である。彼はあわてた手つきで自動発券機で食券を買うと、それをキッチン・カウンターの上に置く。
「あらあら、木村君。今日も滑り込みね。」
「ごめんねー、おばちゃん。」
「いいのよ〜。土曜日は食材が余っちゃうからね。」
「あはは、じゃあ、僕は残飯整理係りだね。」
「そんなこともないけどね。特別大盛り定食にしてあげるわよ。」
「さんきゅー。」
そう言って食堂を見渡すと、窓際の席で一人の女性が、今、まさに食事を開始しようとしているのが見えた。木村はそっと腕時計のストップウォッチをスタートさせる。
どうやらメニューは「特別大盛りカツ丼定食」のようだった。
まずカツ丼に食らいつき、その直後、素早く味噌汁を流し込む。再びドンブリを手にしながら、おしんこうをつまみ・・・。
そして食事を終えると、女性は何事もなかったかのように、ティーカップを口元に運び、テーブルの上に開いた小さな文庫本に視線を落とすのだった。
「こんにちは!澄川さん・・じゃなくて社長!」
「あら、木村君。土曜日なのに頑張ってるのね。」
「いえいえ、ちょっとは頑張らないと・・ね?」
美咲は、そんな木村の言葉に笑みを見せた。
「ところで社長。こんな時間にお食事ですか?」
「ううん。ちょっと一人になりたくてね。紅茶を飲みに来ただけよ。」
「ふ〜ん・・・そーなんですかあ・・・」
「な・・何よ・・・何かへん?」
「社長・・・ほら・・ここに・・」
(ここに)と言いながら木村は自分の頬を指差した。
「ご飯粒がついてますよ。」
美咲はあわてて、指先でそれを探す。木村はその様子に笑い転げた。
「もう・・木村君・・見てたのね!」
「はいはい。見てましたよ。特別大盛りカツ丼を10分でたいらげる女性も珍しいっス!」
「ひどいなあ・・・時間まで計ってたのね!」
「いや・・つい・・」
木村は、頬を赤くする美咲を、つい見つめてしまう。
(きれいな人だなあ・・・きれいで、賢くて、優しくて・・理想的な女性だなあ・・)
「な・・何よ。あんまり見つめないでよ。照れるじゃないの。」
「い・・いえ。その・・きれいだな・・と、思って。」
「あ・・そんなこと言っても給料はアップしないからねー!」
「ちぇ!じゃあ、仕事で頑張るしかないっスね。」
美咲は、そんな木村を、つい見つめてしまう。
(素直で・・まあまあイケメンで・・・仕事も出来て・・いい感じね)
「な・・何ですか・・あんまり見つめないでくださいよ。」
「うふ・・照れてるの?ねえ、木村君。これから食事でしょ?」
「ええ。そーですよ。」
「じゃあ、食事が終わったら呑みに行く?それとも何か予定があるかしら?」
「え・・・!マジっスかあ!やった!」
「会社の近くにね、いい感じの居酒屋さんを見つけたの。軽く呑もうよ。」
「了解っス!もちろん社長のおごりで!」
「おごりかあ・・・仕方ないわね。その代わり二件目は木村君のおごりよ。」
「おっと・・二次会もありってこと?感激っス。じゃあ、二次会はカラオケ、おごっちゃいます!」
「え〜・・カラオケ〜・・やだなあ・・ショット・バーがいいなあ。」
「もう・・そんな、おっさん臭いこと言わないでくださいよ。」
「何がおっさん臭いのよ!カラオケなんて女子高生が行くところでしょ?」
「あ・・わかった。」
「な・・何が?」
「社長・・・歌うの、苦手なんでしょ?」
「そ・・そんなことないわよ。こう見えても地元では有名な美声なのよ!」
「じゃあ、二次会はカラオケに決定ってことで!」
「やれやれ・・・しょうがないかな・・・。」
「で・・・カラオケの次は・・・」
木村の言葉に意味ありげな響きを感じて、美咲は再び彼の目を見た。
「う〜ん・・それは木村君次第・・・かな?」
美咲の言葉に意味ありげな響きを感じて、木村は再び彼女の目を見た。
「と・・ところで社長。また例の本、読んでるんですか?」
木村は頬を微かに赤らめながら、美咲の手元に視線を向ける。
「旧約聖書・・でしたっけ?」
「ああ・・これ?違うわよ。これは(日本書紀)よ。ここにもね、宇宙の作り方が書いてあるのよ。」
「へえ・・・宇宙の作り方ねえ・・・。」
美咲が差し出した文庫本を受け取ると、木村は何気なくページをめくる。
「何か、難しいっスね。読みづらいしさあ・・・。」
「そうね。昔の言葉を強引に訳しているからね。」
「そうなんだ・・・。」
「ねえ、木村君。」
「なんスか?社長?」
「私と一緒に宇宙を作りましょうか?」
木村は、その言葉の意味がわからずにきょとんとしているだけだった。
二神はそこで、その嶋に降りて住み、そして夫婦の営みをして国土を生もうとした。すぐに殷馭慮嶋〔おのごろしま〕を國中之柱〔くになかのみはしら〕と定め、男神は左から廻り、女神は右から廻った。國柱〔くにのみはしら〕を分かれて廻り、同時にお互いの顔に出逢った。その時、女神が先に、「ああ。美しい男に逢えたわ」と唱えた。男神は喜ばず、「私は男である。道理としてまず先に唱えるべきである。どうして女でありながら、反して先に言ったのか。このことはすでに不祥だ。なので改めて廻るべきだろう」と言った。 そこで二神は再び出逢い直した。今度は男神が先に「ああ。美しい女に逢えた」と唱えた。そして女神に「おまえの体には何か成っている部分があるか」と尋ねると、「私の体には一つ、雌〔め〕の元〔はじめ〕となる部分があります」と答えた。男神は、「私の体にもまた、雄〔お〕の元〔はじめ〕となる部分がある。私の体の元〔はじめ〕となる部分を、おまえの体の元〔はじめ〕となる部分と合わせようと思う」と言って、そこで陰陽〔めを〕が初めて交わり合い、夫婦となった。
そして今日も、地球は廻る。
それは永遠に辿り着くことのないループの旅。
永遠に辿り着けないループの輪の中で・・・
そして今日も・・・
誰かが、誰かと・・・・。
【電脳の女神・・・完】
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「それではこれより、日本の医療機器メーカー、セーブ・ヒューマンが開発しました最新の臓器摘出機器について、その使い方の説明いたします。」
(ど・・どこだ・・・ここはどこだ!)
・・・と、声を出したつもりだったが、その口は動かなかった。周囲を見回したいと思うのだが、眼球もやはり動かない。上を向いたままの眼球は、鏡張りになっている天井に映っている自分の姿が見えるだけだった。全身が動かなかった。動いているのは意識だけである。
(どういうことだ・・!!)
鏡の中には全裸の自分がいた。全裸の自分を見下ろす、数人の若い男女の姿も見える。
「では、さっそく説明を始めましょう。」
講師が手元のリモコンを操作すると、静かな機械音と共に、ストレッチャーがスライドする。ベッドの上には中年の男性が寝かされていた。
「この人は先日、脳死判定を受けた方です。ご遺族の好意により、こうして人類の医療研究の未来のためにその体を検体として捧げてくれました。全員、黙祷!」
(脳死だと・・・何のことだ!私は脳死などではないぞ!)
講師を取り囲んでいる医学生たちは、全員、そっと目を閉じ、両手を胸の前で合わせた。
(や・・やめろ・・私は生きている・・・!!)
「では、始めましょう。」
講師が再びリモコンを操作すると、ストレッチャーの両側からメカニカルな装置が接近する。
「この製品はブレイン・キーパーと呼ばれていますが、その名前の通り、この機器を使うと大脳を生きたままで摘出することさえ可能になります。今日は、検体から脳を生かしたまま臓器を摘出し、そして最後に残った脳を摘出して、保存容器の中に収納するまでの手順を説明します。」
(ブレイン・・・キーパーだと・・・ふ・・ふざけるな・・・!)
「あそこにセットされているのがブレイン・キーパーの大脳保存システムですね。先週も一人、検体が提供されまして、現在はその方の大脳が生きている状態で保存されています。」
「講師、その人も脳死だったのですか?」
「ええ。まあ、その人の場合は特別です。なにしろその人は、この機器を開発したセーブ・ヒューマンの役員だった方ですから。」
「へえ・・。じゃあ、人生の最後を、自分の会社で開発した医療機器の中で送っているということですか?」
数人の笑い声が響いた。
「こちらに視察に来られた際に、事故に逢いましてね。残念ながら脳死となってしまいました。ご遺族の方々の希望もあり、ブレイン・キーパーでその脳を保存することになったわけです。」
(ここは日本じゃないのか!・・どこだ!!・・・よせ・・・機械を止めろ!)
「まず、検体のエックス線写真を撮影します。映像は視覚化されません。すべてデータとしてコンピューターの内部で処理されるわけです。次に検体のスキミングが始まりますが、ここまではスタートスイッチを入れてから、全自動で行います。」
(わ・・私は生きているんだぞ・・貴様・・・聞こえないのか!)
「検体のデータをコンピューター精密解析するまでに、約5分間かかります。その間に、カメラがスタンバイされ、モニターに検体の全体像が映し出されます。」
「さあ、いよいよロボット・アームの出番ですよ。アームは全部で50本も装備されています。用途に応じて先端に取り付ける手術器具を変えることも可能ですし、予め指定された器具ですべての仕事を行うことも可能です。今回は全自動モードで作業を進めますから、皆さんは検体が解体される様子をよく観察してくださいね。」
ベッドの左右にある手術システムから、数本のアームが全裸の検体の上に伸びてきた。
(く・・・来るな!・・止めろ・・・止めろ・・!)
「まず、レーザー・メスで皮膚と筋肉を切開してゆきます。」
1本のアームの先端が、赤く光り始めていた。
(止めろ・・・止めろ・・・止めろ・・・止めろ・・・止めろ・・・)
(熱い・・・熱い・・・熱い・・・熱い・・・熱い・・・) (痛い・・痛い・・痛い・・痛い・・痛い・・痛い・・) (苦しい・・苦しい・・苦しい・・苦しい・・・・) (止めろ・熱い・痛い・苦しい・・・) (痛い・・苦しい・・熱い・・) (あ・・つ・・い・・) (い・・た・・い) (く・・る・・) (し・・い・) (・・・) (・・) (・) 数時間後、誰もいなくなった実験室の片隅に、二つの「ブレイン・キーパー」が並んでいた。この二つの脳は、脳死の判定を受けているので、その脳に「脳波測定器」が取り付けられているわけではないし、もちろんそれが「セカンド・ユニバース」に接続されているわけでもない。 従って、その二つの脳が「生きている」という意味は、単にそこに養分が供給され、散漫な代謝が確認できるということであり、それ以外の意味は何もなかった。
しかし、もし仮に、この二つの脳が、脳死ではなかったとすると、この青白く輝く保存容器の中で、脳は「何かを考えている」ということになる。もちろん、その何かを伝える術はないし、その何かを受け取る術もない。
二つの脳は・・・
何かを考えているのだろうか・・・
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ぼんやりと滲んでいる白い幻想を、美咲はそれを「銀河系」だと考えた。無数の点滅がキラキラと小さく光、全体が渦を巻いているように思える。しかし幻想が次第に焦点を合わせ始めると、不快な痛みが全身に湧き出してくる。その痛みで美咲は完全に覚醒した。そこが「セーブ・ヒューマン」の医務室であり、自分はベッドに横たわっていることを思い出したのだ。
(なーんだ・・銀河じゃなくて・・天井の模様だったのね・・・・)
「泣いていたようですね・・・澄川さん・・。」
ふいに声をかけられ、美咲はあわてて起き上がろうとする。
「いや、どうぞそのままで。無理をなさらずに・・・。」
声の主は、セーブ・ヒューマンの専務取締役である「田所新平」だった。
「な・・泣いてましたか・・・?」
美咲は照れくさそうに笑ってみせた。
「いえ・・私の気のせいでしょう。」
田所と美咲の視線が交差する。
「専務・・・色々とご迷惑をおかけしました・・・すべて私の責任です。」
専務は軽くため息をつくと、美咲を見つめながら話始めた。
「研究畑の人たちはね、何でもかんでも自分一人でやりたがる。まあ、それが研究という仕事の宿命かも知れませんがね、澄川さん。貴女もですよ。自分一人で背負い込まないでくださいね。」
美咲は黙ったまま、専務の話を聞いていた。
「社長と貴女の間に何があったのか、私たちは知りませんし、知らなければならないことでもありません。しかし、社長と常務がやっていたことを私たちが知らなかったというのは、知りませんでしたで済む話ではないのです。」
「そういう意味で、今回のことはすべて会社の・・いや役員である私たちの責任です。貴女が気に病むことは何もありませんよ。」
「ですが・・・専務・・・私は・・・。」
「澄川さん。仮に貴女に今回のことの責任があるとするなら、その責任は今後、貴女が研究中の技術を完成させることで果たしてもらうわけにはいきませんか?」
「わ・・私にはもう、研究を続ける勇気がありません。私の研究で、たくさんの人たちが犠牲になってしまった。取り返しのつかないことをしてしまってのですから・・・。」
「そうですか・・・やはり・・そうですよね。」
「・・・・・?」
「いや・・そう考えても無理はないと言うことです。もともと、新しい技術の開発には必ず犠牲が伴う。自動車でさえ、ここまで発展し、普及するまでに、いったい何人の人間が事故死したでしょうね?」
「そ・・それは犠牲でしょうか・・・?」
「ええ、犠牲ですよ。きれい事で隠すことは出来ますが、それが犠牲であることは歴然とした事実です。しかし、だからと言ってそれを理由に研究を放棄してしまえば、その犠牲さえも無意味となる。違いますか?」
「専務の言いたいことは理解できますが、私は・・容易く同意できる立場ではありません。」
「ええ・・わかります。貴女を苦しめるつもりはありません。研究を止めるというなら、それもいいでしょう。いずれ、誰か他の人間が、貴女の研究を受け継ぐことになる。貴女がやらなくても誰かがやる。そんなものですよ。」
「・・・・・」
「さて・・澄川さん。本題に入りましょう。」
「何でしょうか・・・?」
「先ほど、T国側から打診がありました。どうやら彼らは特殊病棟で行われていたことのすべてを把握しているようです。」
「打診・・と言いますと・・・?」
「まあ、交渉と言ったところでしょうか?」
「交渉・・・ですか?」
「ええ・・彼らもね、事態の深刻さに困っているのですよ。売春の他に臓器密売や、大脳記憶を保存するために人体を解体していたなんてことが明るみに出れば、それはもはや国内犯罪の領域を超えて、全世界に国辱を晒すこととなるわけでそうなれば、同じ宗教を共有している近隣の友好国から国交の断絶を宣告されるでしょう。そして同時に彼ら自身の信仰の根底を揺るがしかねない事態となってしまいます。そうなればまはや、小手先の技巧で国家を統治することが困難になる。」
「また・・政情が不安定になってしまうと言うことですか?」
「いや・・そんな生易しいことではありません。下手をすると、国家そのものが破滅するでしょう。」
「破滅・・・ですか・・?」
「ええ。これは我々には容易く理解できることではありませんが、彼らの信じる神に合わせる顔がない。恥ずかし過ぎて自殺するしかないというような心理なのでしょうね。」
「で・・・交渉とは・・・?」
「簡単な話しですよ。この計画にわが社が関与していることは事実なのですから・・・」
「つまり・・黙っていてくれるなら、黙っていよう・・・と?」
「まあ、そういうことです。お互いに、これに関与した者を適正に処分し、それ以上のことは何もしない。それが双方の傷が最も軽減される選択ではないでしょうかと、イライザ・マリーナさんはそう言っています。」
「関与した者の・・適正な・・・処分・・・。」
「ええ。適正な処分です。」
「私も処分対象だと言うことですか?」
「まさか・・・。そもそもT国の国防庁・情報局にあの情報を流したのは貴女ですよ。イライザ・マリーナから見れば貴女はT国を救った女神なんです。」
「女神・・ですか?」
「ええ。ですから、私から貴女にお願いしたいことは・・・わかりますよね?」
「第三者への公表は・・・控えろと?」
「まあ、そういうことです。澄川さんにとっては理不尽なことと思われるでしょう。しかし、我々だって、これが公表されれば、会社の事業はすべて停止されることになります。おそらく暴落する株価の渦の中で、会社は倒産することになるでしょう。私はそのような事態を回避せねばならない立場なのです・・。」
「専務・・・私は会社を辞めようと思ってます。」
「そうですか・・・残念ですね・・。」
「もちろん、これを公表するつもりはありませんから、ご安心ください。」
「ええ。わかりました。ところで・・・大岩社長の件ですが、ご存知のように社長は現在、謹慎処分中でしてね、T国との約束事の関係もあり、彼に対する適正な処分というものを、決定しなければなりませんが、その件はどうお考えですかな?」
「お任せします・・・もう彼のことは思い出したくありませんから。」
「わかりました。では正式な処分は我々の方で決定することにしましょう。澄川さん。貴女の辞意はわかりましたが、実はこれは私の一存では決することは出来ません。役員会の承認が必要なのです。まあ、これも形式的なことですがね。だって、辞めたいという人間を引き止めるような拘束力があるわけではありませんから。」
「はい・・・存じております。」
「ですから、早急に役員会を開く必要がありますね。」
「ええ・・そうしてくだされば幸いです。」
「ところが・・ですね。正規の役員会の招集のためには、社長の権限が必要なのですよ。今回のように社長が不在である場合、社長代理を決定するための臨時役員会が設けられます。」
「はあ・・色々と面倒なのですね。」
「ええ。すべては形式的なことですがね。実は先ほど、我々はその臨時役員会を開き、社長代理を選出したばかりなんです。」
「そうですか。もちろん・・・専務が代理なのでしょう?」
「いえいえ。私のような老兵が、ハイテク時代の最前線で現場を指揮できるはずがありません。」
「では・・・誰に?」
専務は美咲の質問には応えずに、スーツの内ポケットから一枚の書類を美咲に見せた。
「臨時役員会で、貴女は社長代理に選出されました。従いまして、貴女はご自分の進退について、それを承認するための正規の役員会を招集する権限があります。役員会の開催日時についても、その決定権を持っています。ですから、お体の具合が回復した後に、いつでも結構ですから・・・」
「ちょ・・ちょっと待ってください。私が社長代理って・・!」
「まあ、色々と文句もありますでしょうが・・・。」
専務はそう言って笑った。
「笑い事ではありません・・・私は・・・。」
「辞めたいのでしょう?では、社長代理として役員会を招集して、その権限でご自分の進退を決してください。その結論に、我々役員は従うしかありません。」
「ず・・するい・・ずるいです。専務!」
「いいえ。貴女にはまだ、やり残していることがある。そうでしょう?」
「・・・・・・」
「研究を完成させてください。貴女がやらなければ、誰かがそれをやる。そして再び、誰かがそれを悪用するでしょう。私はね、澄川さん・・・。貴女がここで研究を放棄することを個人的に許せないのですよ。研究を続け、それが健全な形で利用される環境を生み出してください。そうでなければ、再び悲劇が繰り返されます。違いますか?」
「・・・・・。」
「奪われた7000の命を無駄にしないでいただきたい。苦しくとも、辛くとも、泣きながら、喚きながらで結構ですから、命をかけて、死に物狂いで研究を続け、それを完成させてください。協力は惜しみませんよ・・・澄川さん・・・。」
美咲は、その両目に溢れ出す熱で、目の前の男の顔が滲んで見えていた。滲む視界の先で、男の目にも光るものがあった。
「それが貴女の責任であり、それが女神の使命なんですよ。」
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「皆さん。今晩は!ニュース22の時間です。今日は大変ショッキングなニュースが入ってきました。本日午後4:00頃、T国のおいて軍事衝突が発生し、現在、T国の首相官邸を初めとする政府の重要機関がすべて、軍隊によって制圧されている模様です。現地で取材中のフリー・ジャーナリスト渡辺さん。現在のそちらの様子はどうですか?」
「はい、こちら渡辺です。え〜・・ご覧になれますでしょうか?私は立っているのはT国政府の人民評議会会館、これは日本の国会にあたる建物の前なのですが、評議会館前の広場は軍隊の装甲車と、たくさんの兵士たちで埋め尽くされ、物々しい雰囲気が漂っております。」
「はい。確認できます。いったい何が起きたのでしょうか?何か情報は入ってますか?」
「はい。これは一種の軍事クーデターではないか、というのが現地メディアの見方のようですが、現在までのところ、それ以上の情報は入っておりません。」
「軍事クーデターですか?しかし、T国の現政権はもともとクーデターによって樹立された軍事暫定政権ですよね?」
「そうですね・・・ご存知のようにT国は2年前、当時の王制による国王支配体制を「旧体制」として批判していた一部の軍属たちが、やはり王制に反対していた住民たちを先導する形でクーデターを起こし、正規軍との内戦の末に、当時の国王「エサルム国王」を国外に追放して、政権を掌握、事実上の統治者となっているわけですが、実はこの軍事政権の中には、当時の国王のシンパも相当数いるのです。」
「なるほど。では今回のクーデターは、旧体制の復活を願う国王シンパたちによる反乱だということも考えられるわけですね。」
「そうですね・・。」
「では、現在、人民評議会館を包囲している兵士たちは、元国王のシンパたちだと言うことですね?」
「はい。それは間違いないようです。しかし、それにしても、この2年間の間、内戦を誘発するような政治的な対立というものはなく、両陣営ともに一定の距離を保ちながら安定していたわけですが、ここに来て急にこのような展開となっていることに、現地のメディアも首を傾げているようです。」
「なるほど。ではこの数日間の間に、何か内戦の勃発につながるような出来事があったと想像できますね?」
「そうですね・・・あ・・!ちょっとまってください。只今、現地の国営放送局から連絡がありました。どうやら、これから評議会館の中で記者会見が行われるようです。」
「記者会見ですか!!え〜と・・渡辺さんは会見の会場に入れそうですかあ?」
「ええ・・ちょっと待ってください・・ ・・・ ・・・ え〜、スタジオさん。聞こえますか?」
「はい、大丈夫です。」
「どうやらこれから、その記者会見の様子が生中継されるようです。」
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「国民のみなさん。私はT国、国防庁・情報局のイライザ・マリーナです・・・。」
両側に武装兵士を従えてカメラの前で話し始めたのは、以外にもスーツ姿の女性だった。「イライザ・マリーナ(32)」は、2年前、王制政権の元でT国の陸・海・空軍を管轄する「国防庁・情報局」において主任補佐官を務めていた女性である。
「私たちはこれより、現政権下において、国家の威信を著しく汚す不名誉な行いがあったことを、国民の皆様に報告しなければなりません。私たちの今回の実力行使は、このような不名誉が現政権によって永続的に続けられることを阻止するためのものであります。」
「情報局は先日、現政府の内部において一部の権力者が国民の尊厳を踏みにじるような愚行を組織的に行っていることを突き止めました。この糾弾されるべき組織のリーダーは、T国政府軍・陸軍参謀長のブレーベル総統です。」
異様なざわめきと、無数のシャッター音が会場の空気を激しく振動させる。
「ブレーベル総統以下、約20名ほどの人間が、この組織に参加しているものと思われますが、我々の誇る優秀な兵士たちは先ほど、速やかにブレーベル総統の身柄を拘束し、組織構成員も、その大半が逮捕されています。」
その時、記者の一人が手を上げた。
「その・・国家の威信を著しく汚す不名誉な行為を・・具体的に説明してもらえますか?」
「はい。これを皆様に申し上げることは私の心が痛みますが、伝えないわけにはいきません・・・。」
静けさを取り戻した会場では、すべてのカメラが彼女の表情をアップで捉えている。
「彼らは、旧市街地に秘密裏に強制収容所を作り、多くの少年少女たちを監禁しておりました。」
再びざわめきが大きな渦を創る。
「少年少女たちは、国内の富裕層、及び海外からの観光客を相手に、ふしだらな行為を強制されていました。つまり彼らは自国民を拉致、監禁して大掛かりな売春組織を結成し、多大な利益をあげていたのです。」
シャッター音が、機関銃の連射のように鳴り響く。
「私たち情報部は、その収益がプールされている秘密口座の存在を突き止めております。今後、金の流れは詳しく分析し、決して隠すことなく国民の皆様にご報告させていただきます。今回の実力行使にあたっては、現政権下で管理されている正規軍の兵士たちも多く参加しております。皆、このような愚劣な行為を許せない愛国者たちです。」
「私たちは不要な流血を望むものではありません。これを見ている者で、非国民ブレーベルに協力し、この神を恐れぬ悪魔の所業に加担していた者たちは、速やかに自首することを勧めます。自首してきた者には、多少なりとも神の恩赦が齎されるでしょう。」
「しかし、最後まで逃走を企てる者たちを、神は決して許しません。いずれ数日中にあなた方の氏名も写真もメディアを通じて国内全土には公表されることになります。民衆は皆、あなた方を許さないでしょう。どのようなことになるか、自らが考え、自らの意思で行動しなさい。」
イライザの言葉を聞いている「組織の関係者たち」は、おそらくこの瞬間に自首を決めたに違いない。この国の宗教観において、「神が許さない者」と断定されれば、それは「死すべき者」であり、同時にその家族たちも死すべき者とされる。そして、そのような人間に死を与える権限は、「神の子」である民衆の全員が有しているのである。国内で逃走中に誰かに発見されれば、その場で嬲り殺されても不思議ではないのだ。
会場のざわめきは、やがて激しいシュプレヒコールへと変わっていった。
「ブレーベルに死を!」
「ブレーベルに死を!」 「ブレーベルに死を!」 「ブレーベルに死を!」 「ブレーベルに死を!」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
セカンド・ユニバース・・・大脳の中に創出されている「完全擬似空間」で、このニュースを見ていた大岩祐介は、T国で起きたクーデターが、今後の自分の運命にどう関わってくるのかを正確に判定しなければならなかった。
「例の計画」の協力者である「ブレーベル総統」が逮捕され、現地組織も解体しつつある。しかし、今のニュースを見る限り、情報局は「例の計画」の根幹部分に関しては、まだ何も知らないようである。
(仮に・・それが知られることになれば・・・)
売春ごときで死刑を宣告する野蛮な国だ。その売春さえ、人身売買と臓器密売と意識管理の隠れ蓑であることを知ったらおそらく国中が発狂するに違いない。そんなことを考えると、ふいにおかしさが込み上げ、大岩はヘラヘラと笑い出した。
(何が神だ・・・この原始人どもめ・・・)
(無能なお前らはセックスして、子供を生んで、生んだ子供を売り払った金で暮らしていればいいんだよ。)
(よし・・・佐伯を使おう。)
大岩の脳裏には、常務の佐伯賢治の顔があった。
(向こう(現実世界)に帰ったら、さっそく佐伯をT国に派遣して、特殊病棟を一旦、閉鎖させよう。あそこで働いている連中は自分が売春組織に組み込まれている立場だということを知らない。知らないのだから自首するはずはない。この混乱が続いている隙に、特殊病棟を閉鎖して、ブレイン・キーパーを処分してしまおう・・。)
(意識を消去された大脳なんて、ただのたんぱく質の塊に過ぎない。そしてSYプログラムを転送してしまえば、計画は永遠に発覚することはない・・・。)
(逮捕されているブレーベル総統は話しだろうか・・・?いや・・彼は決してあの計画のことは口にしないはずだ。そんなことをすれば、あの野蛮人どもに100回くらい殺されるだろう・・・つまり、すべての秘密は守られる。後は時期を見計らって、またどこかの貧乏国に病院でも建ててやり、再び計画を再開すればいいだけのことだ。)
そう考えると、大岩は一刻も早く「向こう側」に帰りたくなった。
「あれから何分、経っただろう・・・?」
そう呟きながら、大岩は壁の時計を見上げる。
(5分後に・・・・転送しますね・・・)
ふいに、澄川美咲の言葉が脳裏を過ぎる。
(そう言えば・・・私は・・どこにいるのだ・・・?)
「自分の・本当の・体」が今、どこにあるのかを・・・
大岩は知らなかったのだ。
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