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【取調室】 「ま・・まさか・・妻が・・真美子が・・!」 「はい・・お気の毒ですが・・。」 「こ・・殺された!さ・・殺人事件なんですか!?」 「ええ・・まあ、そのように考えてもらって結構です。」 「そのように・・って、何ですか!その言い方は!人が殺されたというのに・・ いったい犯人は誰なんですか!?なぜ、妻が殺されなければならないのですか!」 殺人事件だと言うのに、刑事の態度には緊迫感が感じられなかった。 「まあまあ、落ち着いてください。立花さん。いや、立花教授でしたかな。」 「死亡推定時刻は、午後4時前後。つまり、今日の夕方ですがね、貴方はこの時間、どこにおられましたか?」 何ということだ!刑事は私を疑っているのか!? 「わ・・私は大学の研究室にいましたよ。証人もいます。」 「証人・・ですか?まさか、片桐友里さんが証人だとでも言う気ですかね?教授。」 「な・・なぜ、友里が・・いや片桐さんが証人ではいけないのですか!」 「いやあ・・立花教授。もうやめましょうや。我々も茶番劇に付き合えるほど暇じゃないんですよ。」 「茶番劇・・どういう意味ですか!?」 立花は、頭に血が昇っていた。この刑事は人を馬鹿にしている! 「私はその時間、研究室で助手の片桐さんと実験中でした。何なら実験を記録したテープだってある!」 「ええ・・テープのことも承知してますよ。教授・・・。これですよね?」 刑事は、そう言いながら一本のVHSテープをテーブルの上に置いた。 ラベルには実験の日付が書き込まれている。 「そ・・それがあるなら、問題ないじゃないですか!私を疑うなんて時間の無駄でしょう!」 「ふむ・・教授・・。どうやら最後まで惚けるつもりですかな?」 「惚けるだと!君、口のききかたに気をつけたまえ。私はこれでも学会にも政界にも多少は名の知れた人間だ。そのような態度をとっていると後で後悔することになるよ。」 立花は大げさに切れて見せた。そうでもしないと、この刑事にはわかってもらえそうになかったからだ。 「はいはい・・では、教授。いっしょにこのビデオを見てみますかね・・・。」 刑事はそう言いながら、部屋の隅にあるテレビのスイッチを入れ、ビデオデッキにテープを挿入した。 撮影用のカメラが天井に設置されているため、画面は俯瞰で、立花教授と友里の二人の姿を捉えていた。 「日付と時間を確認してください。このテープで間違いないですよね?教授?」 刑事に言われるまでもなく、立花は真っ先にそれを確認していた。万が一、別のテープだったら、他人には 決して見られてはならない映像が再生されてしまう可能性があるからだった。 2:34 「あなたは今、どこにいますか?」 「はい・・研究室にいます。」 「椅子に座ってますか?」 「はい、座ってます。」 実験中の二人の様子が鮮明に映し出されていた。刑事はすでに、これを見ている様子だった。ならば、なぜ・・何が問題だと言うのだ? 2:35 「では、外に出て散歩をしてみましょう。」 「・・・はい、散歩をしてみます。」 その時、立花は思わず息を呑んだ。TV画面の中の友里が椅子から立ち上がったのだ。 「え・・な・・何だ・・これは!」 立花は思わず、そう叫んでいた。画面の中では、研究室に一人残った自分が、誰も座っていない椅子に向かって 語り続けているではないか! 2:42 「あなたは今、どこにいますか?」 「公園には、何が見えますか?」 「それは誰ですか?」 2:45 「男性ですか?女性ですか?」 「その女性は、どのような服装をしていますか?」 「その女性と話をしてみてください。」 2:49 「女性は倒れているのですか?」 「では、研究室に帰ってきてください。」 しばらくすると、TV画面の中に、研究室に戻ってきた友里の姿が映し出された。 2:59 「あなたは、今、どこにいますか?」 「研究室に帰ってきました。」 「何が見えますか?」 「立花教授が見えます。」 「もういいでしょう。教授。ご説明願います。」 刑事はウンザリだと言わんばかりにテレビをスイッチを切ると、立花に向き直った。 「実験には小型の無線機が使用されていましたね?」 「貴方はそれを使って片桐友里さんを催眠状態にして公園へ誘導した。」 「無線で指示しながら、あらかじめ呼び出しておいた奥さんを、友里さんに殺させた。」 「奥さんは、その時、抵抗して友里さんの腕に爪を立てている。」 「奥さんの爪から検出された皮膚の断片は、友里さんのものと判明しましたよ。」 「貴方は友里さんと男女の仲だったわけですね?」 「奥さんが死んでくれれば、晴れて友里さんと結婚できますよねえ?」 「友里さん、美人じゃあないですか。」 「それにしても、奥様は気の毒だなあ・・。」 「しかし、学問をこんなことに使って、貴方、研究者として恥ずかしくないのですか?」 「唯一の誤算は、奥さんが激しく抵抗したってことですかねえ?」 「友里さんも気の毒になあ・・。」 「自分の意思が奪われたまま、殺人まで犯してしまうなんて・・。」 「まあ、彼女が有罪になることはないでしょうけどね。」 「さあ、教授。説明していただけますよね?」 「催眠術を使った殺人計画の全貌を・・。」 「もう惚けるのはやめてくださいね。」 「立花教授・・・さあ。」 「違う・・」 「違う・・違う・・」 「違う・・違う・・違う・・」 「違う・・違う・・違う・・違う・・」 「違う・違う・違う・違う・違う・違う・違う・違う・違う・違う・」 「違う!こ・・これは何かの間違いだ!有り得ない!おかしい・・。」 「友里は、ちゃんと座っていた!信じてください!」 「け・・刑事さん・・聞いてください!」 「これは間違いなんだ・・陰謀だ!」 「知らない・・私は知らない!」 「嘘だ・・何もかも・・」 「刑事さん・・」 「もう一人・・もう一人いるんですよぉぉぉーーー!」
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もう一人・いる!
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翌日、研究室に入ってきた友里を見て、立花は思わず息を呑んだ。化粧の仕方が違うのだろうか?いつもの友里とは違って、さらに魅力的に見えたのだ。 「あら、私の顔に何かついてますか?」 自分に見とれている立花を、友里はそう言ってからかった。 「いや・・別に・・・。」 立花は友里に、自宅まで来た理由を問い詰めるつもりだったが、その日の友里には、そんなことを許容する雰囲気が微塵も感じられなかった。圧倒的な「美」の前で、立花は平静を装うのが精一杯であった。 「と・・ともかく・・実験をはじめよう。」 彼はそう言いながら、友里にいつもの小型無線機とイヤホンを渡した。 「はい。教授。よろしくお願いします。」 友里はイヤホンを耳に装着すると、部屋の中央にある、いつもの椅子に腰掛けて目を閉じた。 「あなたは今、どこにいますか?」 「はい・・研究室にいます。」 「椅子に座ってますか?」 「はい、座ってます。」 「では、外に出て散歩をしてみましょう。」 「・・・はい、散歩をしてみます。」 「あなたは今、どこにいますか?」 「はい・・噴水公園にいます・・・。」 (え・・・??) いつもなら、大学の中庭と答える場面である。大学の向かい側には「噴水公園」と呼ばれる小さな公園があった。友里は、その仮想世界の中で「噴水公園」に向かったのだ。 「公園には、何が見えますか?」 「誰かが・・私を見ています。」 違う展開が始まっていた。これこそ、立花が待っていたものだった。 「それは誰ですか?」 「わかりません・・。」 「男性ですか?女性ですか?」 「女性です・・・。」 「その女性は、どのような服装をしていますか?」 「紺色の・・ワンピースを着ています。」 回答はきわめて具体的だった。友里の脳内に構築されている仮想世界が、独自の人格を持って動き始めている証拠である。 「その女性と話をしてみてください。」 「それは・・できません・・・。」 (否定!!!) 催眠状態にある被験者が、実験者の誘導を否定できるというのか!?立花は、目の前で起きている現実を疑った。 (こんなことは有り得ない・・・!) 「なぜ、できないのですか?」 「その女性が・・倒れているからです。」 (倒れている・・どういうことだ!?) 友里の額に汗が浮き出していた。明らかに動揺している。いったい何が起きているのか・・? 「な・・なぜ、女性は倒れているのですか?」 「わかり・・ません・・・。」 友里の体が小刻みに震えていた。これ以上、実験を続けるのは危険だ。長年の直感が立花にそう判断させた。 「では、研究室に帰ってきてください。」 「はい・・帰ります・・・。」 「あなたは、今、どこにいますか?」 「研究室に帰ってきました。」 「何が見えますか?」 「立花教授が見えます。」 「椅子には誰か、座ってますか?」 「はい・・私が座っています。」 友里の表情がようやく落ち着いてきたようだった。 「あなたは立っているのですね?」 「はい・・立っています。」 「では、座っているあなたと、立っているあなたの違いは何ですか?」 「はい・・・座っている私は汗をかいています。」 「立っているあなたは、汗をかいていないのですか?」 公園で何があったのか?それはわからないままだが、「公園での出来事」を経験したのは「立っている友里」のはずである。立っている友里・・すなわち、もう一人の友里も汗をかいていなければ、話の辻褄が合わないではないか? 「立っている私は・・腕に怪我をしています・・・。」 「え・・!?」 (何だって・・?) 立花は慌てて、友里の半そでのブラウスから伸びた白い腕に視線を走らせた。 そこには、爪で引っ掻いたような傷口から、薄っすらと赤い血が滲んでいたのだ・・・。 自宅に戻ると、立花はスーツ姿のままでソファに身を投げた。緊張と混乱からようやく開放された気分だった。 時計は午後7時を指している。 (あの傷は何だったのだろうか?) 実験前から傷があったことは間違いない。椅子に座っているだけの人間の腕に、いきなり傷ができるなどという ことは有り得ないからだ。 (なぜ、実験前に気づかなかったのだろうか・・・?) 確かに今日の友里は、いつもの友里とは違っていた。見た目も、雰囲気も・・・。 (本当に、美しかった・・・。) 「モデルさんみたいね。」・・という、妻の言葉が脳裏を過ぎった。その時になって初めて妻、真美子の 姿がないことに気がついた。 (買い物にでも行っているだろう・・・。) スーツを脱いで、シャワーを浴びる用意を始めた時、玄関のチャイムが鳴った。 「ごめんくださーい・・・。」 インターフォンの小さなスピーカーから、聞きなれない男の声が聞こえてきた。 「警察の者ですが、こちら立花さんのお宅ですよね?」 (警察・・・!?)
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「あなたは今、どこにいますか?」 「研究室の出口です。」 「では、外に出てください。」 「はい・・廊下に出ました。」 「中庭に行ってみましょうか。」 「はい・・中庭に行きます。」 「あなたは今、どこにいますか?」 「はい、大学の中庭にいます。」 「何が見えますか?」 「はい・・花壇が見えます。」 「花が咲いているのですか?」 「はい・・咲いてます。」 「何色の花が咲いてますか?」 「赤い花が咲いてます。」 「では、それを一輪、取ってください。」 「はい・・取りました。」 あの日以降、片桐友里は、その「仮想世界」で人間に出会うことはなかった。何度実験を重ねても、彼女がそこに見るのは「花壇と赤い花」である。そして、「もう一人」の彼女が研究室に戻ってきてからも、やはり同じような結末しか見られなかった。 「そろそろ部屋に戻りましょうか?」 「はい・・戻ります。」 「あなたは今、どこにいますか?」 「研究室のドアの前です。」 「では、ドアを開いて中に入ってください。」 「はい・・入りました。」 実験は暗礁に乗り上げていた。このまま、これを続けていても新たな発見は得られそうになかった。 立花は友里の催眠を解いた後、彼女を早々に帰宅させると、これまでの実験を記録したビデオテープを取り出し、デスクの上に並べた。研究室には記録用のカメラが設置されていて、すべての実験が映像記録として残されている。そして、またそのテープの記録には、それが第三者に見られる前に、確実に消去しなければならない「映像」も含まれていたのだ。 テープをリプレイしながら、立花は、「その部分の映像」の消去を繰り返す。 友里の、白く艶かしい姿態・・・乳房・・あえぎ声・・・。 それは、この部屋で幾度となく繰り返された「男と女の儀式」の記録だった。 すべての作業を終えて自宅に戻った時、時計はすでに午後9時を回っていた。 「お帰りなさい。今日は遅かったのね。」 玄関先で妻は、立花のコートを受け取りながらそう言った。 「ああ、仕上げなければいけないレポートがあってね・・・。」 「ご苦労様です。教授!」 妻・真美子は、屈託のない笑顔を「教授」に向けた。 「あ・そうそう。今日の夕方、貴方の助手をやってる学生さんがお見えになったわよ。」 「え・・・!!」 (ゆ・・友里か!?) 立花は、顔が蒼ざめるのを感じた。なんてことだ!自宅にやって来るとは・・・! 「な・・何の用事だろうなあ・・?」 精一杯、平静を装いながら、立花は妻に応答する。 「ええ・・何でもね、数日前に旅行に行った時のお土産を渡し忘れていたそうで、届けてくれたみたい。」 「お・・お土産・・?」 3日前の週末、友里は確かに旅行に出かけていた。友人と二人で温泉に行ってくると、立花はそう聞いていた。 「何だった?お土産って?」 「ええ、オルゴールでした。何でも地元の職人さんの手作りだそうよ。」 妻はそう言いながら、重厚な木製を小箱を立花に見せた。 「ね、立派でしょう?音も凄く綺麗なのよ。」 小箱の上蓋を開くと、オルゴール独特の音色が流れ始めた。 「ふむ・・綺麗だな・・G線上のアリア・・か。」 そんなことを呟きながら、立花は脳裏ではまったく別のことを心配していた。 (あの箱の中に、余計なモノは入っていないだろうか・・・?) 「小物入れにするにはもったいないし・・ベッドにでも飾っておきましょうか?」 「そうだな・・それがいい・・・。」 妻がシャワーを浴びてる隙に、立花はオルゴールを調べてみた。箱の中は空っぽであり、どこかに細工がしてある様子もない。 (お土産というのは本当らしいな・・。) しかし、ただのお土産なら、大学でも渡せるはずである。自宅に届けに来るというのは、どこか脅迫じみている。 (何か別の目的があるに違いない・・・。) それが何なのか、立花にはわからなかった。 その夜、立花は2週間ぶりに妻を抱いた。研究室での「作業」が、潜在的な発情を促していたのかも知れない。あるいは、友里との情事を自粛していたからだろうか?シャワーを浴びて、バスローブ一枚の姿でベッドルームに入ってきた妻を見たとたん、立花は込み上げてくる欲情を抑えることができなくなっていた。 「ねえ・・貴方・・。」 立花の腕枕の中で、真美子は彼を見上げた。 「あの、助手の学生さん、凄く綺麗な人ね。モデルさんみたい。」 「そうかなあ・・。」 「貴方が、変な気、起こさなきゃいいけど・・。」 「まさか・・彼女は単なる助手だよ。それに、助手でいるのも今月一杯だ。」 「あら、そうなの?」 「ああ・・彼女、深層心理学には向いていないタイプだ。」 「ふ〜ん・・そうなんだ。」 「心理学というのは直感の学問だからね。お勉強の成績が優秀でも、あまり意味がないんだよ。」 ベッドサイドには「オルゴール」があった。二人とも、このオルゴールに小型発信機が内臓されている ことを知る由もなかった。また、発信された信号は、マンションの下の大通りに駐車してある車の中で 受信されていることも・・・。 夫婦二人の、この夜の音声はすべて「盗聴」されていた。会話だけではなく、あらゆる音声が・・。
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その日、立花は車で友里を自宅まで送った。友里の住むマンション近くの路上に車を止めると、友里は立花に縋りつくように抱くついてきた。 「もう少しだけ、いっしょにいたい・・。」 「今日は、もう帰ろう。君だって疲れているはずだ・・・。」 立花は、目の前にある友里の唇に、軽く口付けした。 「我がままを言ってごめんなさい・・でも・・。」 (でも)と言い掛けたまま、友里は次の言葉を失っている自分に気がついた。立花は妻子のある身である。自分の恋愛が成就する、つまり、彼と結ばれるということは決してないのだ。少なくても、彼が妻よりも自分を選ぶという決断をしない限りは・・・。 友里はハンドバックを取ると、助手席のドアを開いた。 「教授・・おやすみなさい・・。」 立花は、街灯の薄明かりの中へと去ってゆく友里の後姿を見送りながら、タバコに火をつけた。 (もう、そろそろ潮時かも知れない・・・) 自分を見つめる片桐友里の、眼差しの「熱さ」が、彼を必要以上に警戒させていた。 (まあ、今時の学生だ。本気だ・遊びだと、騒ぐこともなかろう・・・) 確かに友里は、「恋に溺れる純情派」ではない。その美貌に魅せられる男性は「星の数」ほどいるし、恋愛に不自由を感じたことなど、これまで一度たりともなかったのである。そこに立花の誤算があった。友里は、生まれてこのかた、一度たりとも「不本意な離別」を経験したことがなかった。つまり、ふられたことがなかったのだ。 彼女は常に「選ばれる存在」であり、相手を認めるかどうかのイニシアチブは、いつも彼女が握っていた。 (彼女だって、何だカンだ言いながら、私とのことはゲームとして楽しんでいるはずだ・・) これも立花の「誤算」だった。自分への過小評価は、時には「美徳」として受け止められるが、このような場合に、自分への「正当な評価」を誤ると、相手の心情さえも「誤解」しかねないことになる。高度な催眠分析に長けている立花であったが、庶民的な「恋愛心理」には疎かった。 (私には地位も名誉も・・そして未来もある。こんなことで躓くわけにはいかないんだ・・・。) 友里とのことが噂にでもなったら、それこそ「教授生命」さえ危ぶまれることとなる。立花は、それを思うと鳥肌が立つのを感じた。 (助手は、別の学生を探すか・・) (少しずつ距離をとって・・) (なあに・・彼女だってそのうち忘れるさ・・) (今時の・・学生は・・・) そんなことを考えながら、立花は妻の待つ自宅へと、車を走らせていた。
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「あなたは今、どこにいますか?」 「はい・・大学の中庭にいます。」 「何が見えますか?」 「はい・・学生が歩いているのが見えます。」 片桐友里は、催眠状態の中で、小型の無線機に接続されたイヤホンから聞こえてくる立花の声だけに反応していた。「無線機とイヤホン」は、被験者が周囲の雑音に惑わされずに、教授の声だけに集中しやすくするために、半年ほど前から立花教授の考案によって使用されていた。 「学生が歩いているのですね?」 「はい・・そうです・・。」 「何人の学生が見えますか?」 「一人・・だけです。」 「では、その学生は男性ですか?女性ですか?」 「男性・・です。」 立花は、興奮を抑えながら友里の様子を観察した。仮想世界に「物質・物体」以外の対象が出現したのは、これが始めてだったのだ。 (会話は成立するだろうか?) (仮想の人間と会話するということは、仮想の人間に人格を与えるということだ・・) 「で・・では、その学生に話しかけてみましょう。」 「はい・・話かけてみます。」 催眠誘導状態にある被験者は、誘導者の「誘導」に決して逆らうことはない。 すべてを受け入れてしまうのである。 「こんにちは・・・」 「・・そうですか・・・」 「ええ・・いいお天気ですね・・・。」 雑談が始まったようだ。会話相手の声は、もちろん立花には聞こえない。存在しないのだから聞こえるはずがない。友里はどうやら、相手に名前を聞かれている様子である。 「はい・・心理学を専攻しています・・。」 「片桐・・友里・・です・・・。」 「ええ・・わかりました・・。」 「では・・また・・・。」 相手が去った様子が伺える。立花は思い切って友里に質問してみた。 「彼は行ってしまったのですか?」 「はい・・見学予定があるそうです・・・。」 「見学?何の見学ですか?」 「立花教授の研究・・・です。」 「ほう・・ここを見学するというのですか?」 「ええ・・そう言ってました。」 「いつ、見学するつもりなのですか?」 「今・・です。」 「彼は、この研究室の場所を知っているのですか?」 「はい・・私が教えました・・・。」 「ふむ・・で、彼は今、どこにいるのですか?」 「研究室の・・ドアの前に立っています。」 立花は、研究室のドアに視線を走らせていた。ふいに、研究室のドアが開いて「彼」が入ってくるような錯覚を覚えたのだ。彼は、そんな自分に苦笑した。すべては片桐友里が脳内で創造した「仮想世界」の「お話」なのだ・・・。
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