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小栗忠順

今日、小栗忠順に関する文庫を読了。小栗は好きでこれで3冊目である。毎朝、出勤の電車でしか読まないが、毎日となると結構読めるものである。幕末に限っているが、そろそろ書籍に取り上げられている人がいなくなってきたのが難・・・。
 小栗上野介忠順。西郷隆盛や坂本竜馬に比べると知名度は低いが、私にすれば彼ら以上に魅力を感じる一人。主戦派の幕臣であり、横須賀造船所の建設、フランス語学校やフランス式陸軍制度の導入等に功績を残している。また日本発の株式会社創設も彼の功績である。横須賀では<ヴェルニー・小栗祭>という
お祭りが催され、多くの人に親しまれているようである。
 多くの功績はともかく、彼に惹かれるのは何故だろうとよく考える。考えるのだが、これがなかなか分からない。分からないからまた新しい本を読むのだが、いっこうに答えが見つからない。自分にとってこんな人も珍しい。
 自分の信念を曲げず誰にでも直言する強さ。何度となく職を追われては呼び戻される問題処理能力の高さ。勝海舟のライバル的存在という印象。開明的な感覚の持ち主。様々な要因が思い浮かぶが、どれもがそれ一つで彼の魅力を言い当てられるものではない。それ以上に、厳しい強さと優しさ、開明的感覚と伝統主義的感覚等、相反する要因を同時に感じることが多い。
 ふと思うが、小栗は非常に多面的な性向を持つ人なのかも知れない。捉えようとしても断片的になってしまうのは、そういうところがあるからなのだろう。奥深いところでは立派な人物として有機的に完結するのだろうが、表面的にはそれが分かりづらい。今はまさにそのことが彼の魅力の一つなのだろうと勝手に捉えている。
 次は幕臣続きで川路聖膜を・・・。

決断の時の真実・・・

大河ドラマ「功名が辻」も、早いもので関ヶ原を終えた。
ここ数回の放映分では、家康と三成、どちらにつくかで悩んでいた山内一豊がよく描かれていたようである。

多くの悩みや決断が連なって歴史が形成されていることは言うまでもないが、その悩みや決断を共有することは非常に難しい。あたりまえのことではあるが、その時その人でなければ分からないことを、全く違う時代の我々が共感的に理解しえる筈がない。そこに所謂「作られた歴史」が生まれてくる訳であるが・・。

ただ、そうと分かっていても、何としてでも「その時の真実」を知りたくなる出来事は決して少なくない。この山内一豊の決断もその一つである。ドラマでは、三成が諸将の妻子を人質にしようとすること、それに伴う細川ガラシャの死を対峙させることで、家康側についたように描かれたが、本当のところは何を考えたのか??その通りなのか、違うのか??

歴史上にある多くの「決断の時」・・・真実は分からないと知っているが故に追い求めずにはいられない。まさにこれこそ歴史のロマン主義的パラドックスなのだろう。だから歴史を語るうえでのステレオタイプだけには注意しないといけない。大河ドラマを見ながら、ふとこんなことを考えた。

幕末土佐藩・・・坂本龍馬・山内容堂・武市半平太・後藤象二郎らと並んで挙がるのが板垣退助。
多くの人は自由民権運動の旗手として知っている。しかし知る人は、板垣の人となりが最高潮に発揮されるのは軍人としてであると考えている。事実、戊辰戦争では官軍東山道先鋒総督府参謀として会津攻め等で大きな功績を残している。政治家と軍人・・・この二極性はどう考えられるのか、その視点をメモしておきたい。

板垣の四民平等的発想の根は、実は戊辰戦争時の体験にある。板垣は幾多の藩(旧幕軍)を打ち破るにつれて、何故このように勝利を重ねられるのかと自問自答したと言う。新式武器を持ってはいるものの、限られた寄せ集め的な官軍に対して、一国(藩)が総動員で立ち上がれば勝ち目はない筈なのにと考えたのである。しかし板垣は、藩では武士だけが立ち上がっていることに気付いた。農民をはじめとする領民は何もしなかった。場合によればいとも簡単に官軍に靡いた。つまり武士以外の領民は藩への帰属意識が希薄だった訳である。板垣は、武士の下に置かれ続けた領民には国を守ろうとする意識が育っていないことを目の当たりにしたのである。

ここで板垣は、日本が外国から攻められた場合も想像した。海外列強が攻めて来る時に、武士だけで太刀打ち出来るのかと。その時にこそ挙国一致体制の強さが必要ではないのかと・・・士農工商という温度差のある制度は、国内封建制の維持には役立ったかも知れないが、国家的有事の際には脆さ以外のなにものでもないだろうと考えた。一致団結して事にあたれないという弱さを見抜いた板垣は、ここに真の国家的強さを持つための方策として四民平等を思ったのである。

自由民権運動を考えた板垣ではあるが、その根は意外にも「戦いに負けないためには」という発想から出ている。こんなところに板垣らしさを感じる。板垣は政治家ではなく軍人なのだと・・・。

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山内容堂に共感!

最近は仕事上でも会議ばかりで疲れます・・・と言うより、イライラするという感じの方が正確かも知れません。

そんな時にいつも思い出すのが<山内容堂>です。言うまでもなく、幕末の土佐藩主(戊辰戦争時にはご隠居様)です。この人は、今年の大河ドラマの山内一豊につながる人になります。

会議のイライラで、何故<山内容堂>を思い出すか??それは、有名な小御所会議での山内容堂の気持ちにオーバーラップさせるからだと思います。小御所会議とは、幕末、薩摩の大久保や公卿の岩倉具視が、徳川慶喜に対して辞官納地を求めた会議です。ただ、この会議に徳川慶喜は呼ばれておらず、欠席裁判的な性格を持つものでした。

そこで、左幕(もしくは公武合体論)の山内容堂は、慶喜を呼ばない不公平さを指摘し、更には薩摩や公卿が幼少な天子(明治天皇)を奉じることで傀儡化している点を激しく糾弾します。しかし結局は、その発言が災いし、薩長に歩調を合わせざるを得なくなります。

徳川家への忠義を尽くしながら時代の波に抵抗しつつも、最終的には屈服してしまった山内容堂。その在り方に共感します。豪快に批判し、義に基づく率直な物言い・・・だけどそれがもとで負けてしまう。非常に大きな人間的魅力を感じます。山内容堂は、一線を退いてからは、ますます飲みながら鬱憤を晴らしたと言います。自ら「鯨海酔候」という号を名乗った魅力的な人物です。

やはり、歴史上の偉大な人物というものは、現代人たる我々に対して、明確に生き様や生き方を示してくれています。

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