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それが私の進む道

まっすぐに

ただまっすぐに突き進む。


他の人にどう言われようが、どう思われようが、自分が決めた道は突き進みたい。


それが自分が生きてきた道。

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気がつくともう41才で、もうすぐ42才になる。


まだまだ道半ばだけど、まだまだ知らない事も沢山あるし、知識も学びたい。



でもたまに弱音を吐く時もある。


それは俺の弱さ。


弱くなっている時こそ、自分を見つめ直して、心を整理する。


至極大事な事だ。



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何事も初心忘れるべからず。

そんな気分。










過去、

今日は明智ヒルトップサーキットでレンタルバイクの耐久レースがあった。




そこで懐かしい3兄弟と久しぶりにあった。

正確には4兄妹。

ミニバイク時代、一緒に戦って一緒に同じ釜の飯を食べて、同じ風呂に入って、川の字で寝ていた兄弟達。


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その3人全員と一緒に会うのは実に23年振りくらいになるかもしれない。


長男は、実に走りのセンスが良くて、こいつは速くなると確信していた。

人一倍負けん気が強くて、内に秘める闘志では兄弟の中ではズバ抜けて持っていて、将来は脅威になるくらいの逸材だった。


しかし、運命のいたずらが、彼に試練を与えた。


時は21年前。

ミニバイクのレース中に単独で転倒。

その直後を走っていたライダーに腕を轢かれてしまい、神経が断裂してしまう。


持ち前の明るさと献身的な家族の支えもあり、懸命のリハビリをして、通常の生活が出来るまでになった。

今でも山口にあるリハビリセンターに入院をしていた彼を見舞いしに行った事を覚えている。



今日、長男が彼女を連れてサーキットへ帰ってきた。

次男も彼女を連れてきて、三男もイベントを手伝いにわざわざ大阪から駆け付けてくれた。



23年前に見ていた小僧達は、それぞれの道を歩んでいる。


そして、それぞれが立派な仕事に就いた。

そして、彼女を連れてくるようになった。


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嬉しかった。

今度は酒を呑もうな。

呑めないけどw



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暖炉はあったかいん〜だから〜?
岩田さんありがとう。




これから岐阜県恵那市にある明智ヒルトップサーキットへ向かいます。


明日の日曜日にレン耐レンタルバイクの耐久レースを岐阜県の明智で開催します。

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レンタルバイクでレースを気軽に出来るようにしたキッカケは、自分の地元がスキーをすることが多かったことから僕は当然のように2年一回くらいで板やブーツをビクトリアとかに買いに行っていた。


しかし、東京に出てからと言うものの、あまり行く機会が無くなった。

それを機にスキーへ行くのが激減していくわけです。



でも滑ると楽しいし、みんなでワイワイ滑ったり、レストハウスでお茶飲んだり、ラーメン食べたりしていた。
一人でも果敢に行っていたけど、みんなで行くとまた格別に楽しい。


そんな思いを持っていたからこそ、生まれたのがこのレンタルバイクの耐久レースという事なんです。

一人で寡黙に走るのも、面白いけど、友達と行ったらさらに面白いよ。

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ぜひ見に来てね〜!


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三好パーキングエリアの豚汁定食はいつ食べてもブレてないな。

Love Alpinestars

僕が全日本選手権で走っている時から、僕の足を守ってくれていて、もちろん世界GPに行ってからもずーっと使っていた。

昨年、Alpinestarsは創業63年を迎えた。
もともとはオフロードブーツの会社だったが、今やバイク業界はもちろんだが、F1にも進出して4輪の世界でも押しも押されぬ世界一のレーシングスーツブランドとなった「Alpinestars」

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僕はアルパインスターズと共に歩んできたと言っても過言ではない。


怪我をしてから10年後には4輪のレースに出場することになった時も、4輪のレース経験もない自分を快くサポートをしてくれた。

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本当に感謝以外見つからない。

I proud for Alpinestars.

Love Alpinestas.




覚悟、そして希望


18年前にせき髄損傷をして車イスの生活になった。





怪我した瞬間、終わった・・・と思った。

夢にまで見てた世界GP500。

チャンピオンを獲りに行くその時だった。

希望は砕かれ、チャンピオンなど夢のまた夢となった。






今日はHDRSハンドドライブレーシングスクールの2回目が開催された。

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今回も横浜ゴムさん、グイドシンプレックスさん、アクティブクラッチさん、そして袖ヶ浦フォレストレースウェイさんの協力を得て、開催する事が出来ました。

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私がこのレーシングスクールを開校するにあたって、並々ならぬ思いを持って臨んでます。


18年前。

当時、怪我をしたばかりの自分は失望感で一杯だった。

しかし、怪我をしてすぐに車椅子を手に入れ病院の外へ出かけるようになった。

そして退院と同時に手動装置を付けた車で病院を去っていった。

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自分ではこの行為が普通だと思っていました。

なぜかというと、自分はまだ治るからそれまでの間この手動装置が付いた車と車いすを乗ってれば良いやと短絡的に考えていた。


でもその裏では、主治医からも「足は治りません」という言葉も聞いてた。


まぁあまり重くなってしまうのもあれなので、割愛すると


俺ら車いすを使っている人って、車が第二の足なんだ!


車に乗るといつでも、どこでも、どこにでも移動ができる最高の道具。
機械ではありません。念のため。


言わば、いつでもバリアフリーになれるものなのです!!!

私はその最高なツールを得たおかげでで、難なく社会復帰をする事が出来ました。

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この行為は他には変えようが無いくらい自分にパワーをくれて、やる気にさせて、生かしてくれる源になっています。


車とバイクは自分の人生に置いてかけがえの無い存在です。


だからこそ、このレーシングスクールを開校したかった。

そして、一人でウジウジしている奴らに、車を使って走る楽しみや、生きている価値を見出して欲しい。


そうすれば、生きる希望を持つようになるし、目標が生まれる。
そして、一人でも多くの人生をリスタート出来るように応援をして行きたい。








18年前、病室でそう思っていた自分のつもりでエールを送ってます。


青木拓磨
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