今日は2月5日。
今から14年前の1998年の今日。
レーシングライダーとしての青木拓磨はいなくなった。
栃木県にある本田技研内にあるテストコースでの事だった。
まだ寒さが厳しく、コースの回りには雪が残っていた。
午前の走行テストを経て、お昼ごはんをメカニックたちと取って、最後のテストチェックの為コースに出て行った時に事故は起きた。
1998年シーズンのGP500クラスで使用する為のNSR500Vの車体テストだった。
僕が栃木の寒い中テストをしていた期間、4気筒NSR500組の「ドゥーハン」と「クリビーレ」、「岡田さん」は南半球のオーストラリアにあるフィリップアイランドでレースに向けた新しいテストをしていた。
当時、レプソルホンダはグランプリで最強チームだった。
でもその当時、世界ランキングで1位、2位がいるチームに「青木拓磨」の存在は必要ではなかった。
しかし、その最強強豪のライダーが同じチームでいること。
世界最高峰のチームで走れることは、僕に取って不足はなかった。
なぜなら、そこで僕が挑戦していくことが最大の夢であり、目標だった。
世界チャンピオンを獲るためには、最強のチームでなければならない。
当時、兄弟がすでにグランプリに参戦していた。
僕だけがグランプリに行けずに悔しい思いをしていた。
でも、夢を実現するため、自ら目標を500cc世界チャンピオンに設定した時から、ホンダレーシングに入ることが必要だった。
夢は一歩づつ、近づいてきた。
1995年の鈴鹿で開催した日本GPで初めて500ccクラスにスポット参戦が出来た。
スターティンググリットで前や横、後ろに今までテレビでしか見たことがない選手たちが一緒のグリッドに並んでいる。
それだけで気持ちが良かった。
雨のレース。
スタートは見事に500ccのパワーを持て余し、ホイールスピンをかまして、ポジションを大きく落としてしまう。
徐々にペースを上げて、気がつけばミックが目の前の3位表彰台。
チェッカー後、ヘヤピン立ち上がりでシュワンツに手を差し出されたことがほんとに嬉しかった。
もう、俺には世界しか舞台がないと思った。
夢が現実を帯びてきて、1997年に目標とする世界グランプリを500ccクラスにレプソルホンダという最強チームで行くことになった。
参戦車両は、NSR500V
2気筒のNSRだ。
当時、ホンダが低コストで一般チームに供給出来るマシン開発として、1996年には岡田さんと伊藤さんが開発ライダーとして参戦していた。
そして、俺はこのNSR500Vの開発ライダーとしてWGPに参戦することになった。
しかし、4気筒とはパワーの差が歴然だった。
でも、このマシンで成績を残さないと世界チャンピオンおろか、次年度のWGPへの契約も危うくなる。
以前、4気筒NSR500にも乗っていたから、特にそう感じられた。
やるしかない。
それだけだった。
同じチーム員が全員4気筒NSR500でランキング1位、2位。
そこにねじり込むには、かなりの「勢い」が必要だった。
でも今まで走ったことがあるサーキットは鈴鹿をのぞいてオーストラリアのフィリップアイランド、マレーシアのシャーラムの2つのサーキットのみ。
他のコースは走ったことがない。
当たり前だ。
しかも新規開発のNSR500Vのデータはほとんど無い。
実際のレースでは、セッティングなんてほとんどせずに、ただベースセッティングで走りこむのみ。
セッティングなんか決まらないまま、ほとんどぶっつけのレースだった。
マシンは当然、今みたいにトラクションコントロールなんてついてないし、インジェクションもついてない。至ってシンプルなバイクだった。そして世界で一番最高なバイクだった。
そして、一番タイムが出るのはレースが終わった月曜日の事後テスト。
身体もサーキットに慣れ、マシンもセッティングを出すことが出来るのだ。
そして、最終戦のオーストラリア、フィリップアイランド。
久しぶりのフロントローからのスタート。
スタートでミックが逃げる。
後ろから阿部が一気に順位を上げてクリビーレと俺が2位争いをしていた。
レース中盤には俺とクリビーレの2位争いとなった。
ストレートでは4気筒に乗るクリビーレが前に出る。
しかし、コーナーでは俺が間合いを詰める
たとえコーナーで抜いてもストレートで簡単に抜かれてしまう。
とにかくストレートではクリビーレの後ろにスリップストリームに入らないと離されるので、彼の背中しか見ていなかった。
終盤、1コーナーでミックが転倒した。
当然、クリビーレはそのことをサインボードで知ることになる。
でも俺は彼の背中のみ見ていたため、ミックが転倒していたことを知ることがなかった。
最後の最後までクリビーレに追いすがっていたが結局抜けずに終わってしまった。
そして、ピットに戻ってきてパルクフェルメに戻ってきたときに2位の場所へ。
「ん?なぜ?」
ミックがいない。
優勝争いだったみたいだった。
レースでは負けて悔しかったけど、全部出し切った。
ま、来年だなと思った。
今年、初めて走るサーキットでこんだけ走れるなら、来年は走り始めからコースを覚える必要がないから、その時点でビハインドになる。
来年は絶対にミックを追いつき、追い越すこと。確信をしていた。
来年がほんとに楽しみだった。
そして、1998年世界グランプリ レプソル・ホンダで契約更新。
1998型 HONDA NSR500V 最高の相棒。
今日が、その【リ・スタート】