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今日は明智ヒルトップサーキットでレンタルバイクの耐久レースがあった。
そこで懐かしい3兄弟と久しぶりにあった。 正確には4兄妹。 ミニバイク時代、一緒に戦って一緒に同じ釜の飯を食べて、同じ風呂に入って、川の字で寝ていた兄弟達。 その3人全員と一緒に会うのは実に23年振りくらいになるかもしれない。 長男は、実に走りのセンスが良くて、こいつは速くなると確信していた。 人一倍負けん気が強くて、内に秘める闘志では兄弟の中ではズバ抜けて持っていて、将来は脅威になるくらいの逸材だった。 しかし、運命のいたずらが、彼に試練を与えた。 時は21年前。 ミニバイクのレース中に単独で転倒。 その直後を走っていたライダーに腕を轢かれてしまい、神経が断裂してしまう。 持ち前の明るさと献身的な家族の支えもあり、懸命のリハビリをして、通常の生活が出来るまでになった。 今でも山口にあるリハビリセンターに入院をしていた彼を見舞いしに行った事を覚えている。 今日、長男が彼女を連れてサーキットへ帰ってきた。 次男も彼女を連れてきて、三男もイベントを手伝いにわざわざ大阪から駆け付けてくれた。 23年前に見ていた小僧達は、それぞれの道を歩んでいる。 そして、それぞれが立派な仕事に就いた。 そして、彼女を連れてくるようになった。 嬉しかった。 今度は酒を呑もうな。 呑めないけどw 暖炉はあったかいん〜だから〜 岩田さんありがとう。 |
日記
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18年前にせき髄損傷をして車イスの生活になった。 怪我した瞬間、終わった・・・と思った。 夢にまで見てた世界GP500。 チャンピオンを獲りに行くその時だった。 希望は砕かれ、チャンピオンなど夢のまた夢となった。 今日はHDRSハンドドライブレーシングスクールの2回目が開催された。 今回も横浜ゴムさん、グイドシンプレックスさん、アクティブクラッチさん、そして袖ヶ浦フォレストレースウェイさんの協力を得て、開催する事が出来ました。 私がこのレーシングスクールを開校するにあたって、並々ならぬ思いを持って臨んでます。 18年前。 当時、怪我をしたばかりの自分は失望感で一杯だった。 しかし、怪我をしてすぐに車椅子を手に入れ病院の外へ出かけるようになった。 そして退院と同時に手動装置を付けた車で病院を去っていった。 自分ではこの行為が普通だと思っていました。 なぜかというと、自分はまだ治るからそれまでの間この手動装置が付いた車と車いすを乗ってれば良いやと短絡的に考えていた。 でもその裏では、主治医からも「足は治りません」という言葉も聞いてた。 まぁあまり重くなってしまうのもあれなので、割愛すると 俺ら車いすを使っている人って、車が第二の足なんだ! 車に乗るといつでも、どこでも、どこにでも移動ができる最高の道具。 機械ではありません。念のため。 言わば、いつでもバリアフリーになれるものなのです!!! 私はその最高なツールを得たおかげでで、難なく社会復帰をする事が出来ました。 この行為は他には変えようが無いくらい自分にパワーをくれて、やる気にさせて、生かしてくれる源になっています。 車とバイクは自分の人生に置いてかけがえの無い存在です。 だからこそ、このレーシングスクールを開校したかった。 そして、一人でウジウジしている奴らに、車を使って走る楽しみや、生きている価値を見出して欲しい。 そうすれば、生きる希望を持つようになるし、目標が生まれる。 そして、一人でも多くの人生をリスタート出来るように応援をして行きたい。 18年前、病室でそう思っていた自分のつもりでエールを送ってます。 |
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ども
日曜にレン耐が終わってから、一度家に戻って、羽田空港から庄内へ行ってきました。 庄内へは3回目くらいで、相変わらずご飯が美味しかった。 今回は、庄内の知り合いが地元でワイン会を開催すると言うことで、お邪魔をしてきました。 と言っても、俺は極端にアルコールが弱いので、最初の一杯のみシャンパンを頂いてそのあとは、ノンアルコールのワインを飲んでました〜。 ノンアルコールだけど、しっかり美味しかったですよ〜。 そして飲めない自分を誘っていただき感謝です。 ありがとうございました。 そして一緒にフランス料理を堪能させて頂きました。 はぁ美味しかった。 また庄内へ帰ってきますね。 出会いに感謝です!!!! 唯一撮った写真は、庄内空港から離陸する時の写真だけでした>_< |




