京都考

この4月から東京で働く事が決まりました.京都での生活もあと3ヶ月,海外旅行や学会遠征もあるので実質2カ月切ってます.

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西寺跡(南区)

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 東寺は京都の顔として知られ、世界文化遺産として世界的にも価値の高い京都の一大寺院ですが、この東寺と対を為して、西寺が存在していた事は意外と知られていません。普通は、東と名の付くものがあれば、西も然りなのですが、今や地名や駅名、学校名などなど、無闇に東西南北が使われるものですから、東寺といわれて違和感を感じない方も多いのかも知れません。

 平安京の都門であった羅城門を中心に、この羅城門を守護する寺院として、それぞれ東寺と西寺が置かれました。これらは延暦15年(796年)に桓武天皇の勅願によって建てられた官寺で、西寺も建立当時は東寺とほぼ同じ規模の伽藍を持つ大寺院だったと言われています。弘仁14年(823年)、嵯峨天皇の時代に官寺から真言密教の寺院として、空海に東寺が、守敏に西寺が下賜されたものの、守敏の地位衰退と共に西寺も廃れ、正暦元年(990年)には大部分が焼失、天福元年(1233年)にはその残りもやはり焼失して荒廃したとの事ですが、守敏については歴史的に詳細は分かっていないようです。

 現在では、西寺の跡地には、金堂の礎石の一部を残して西寺公園と呼ばれる公園が作られています。公園は広く、石碑の立つ丘を中心に見通しも良く、近隣の児童公園として活躍しているようですが、東寺の栄華を見るに、平安京の遺構がこうもはっきりと明暗を分けているのには複雑な思いもあります。況して、今やJR京都駅を中心に古都の風景の多くを失ってしまった下京区や南区にあって、今尚、羅城門や西寺が残されていたならば、この地区の現状も全く違っていただろうにと悔やまれます。

 一方、歴史的に拡大も縮小もせずに早いうちに荒廃し、その周辺も大きく開発されずに現在に至っている西寺の伽藍は、近年、研究対象として注目を集めてもいるようで、発掘調査などが盛んに行われてもいるようです。この貴重な以降から平安の世の残り香を少しでも辿って行けるのなら、歴史のロマンを感じずにはいられません。

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この写真を撮影したのは昨年の春だった気が……。約半年更新をサボっていた上に、幕末や季節の記事が多かったので、史跡の記事を少し補完してみたいと思います。

2007/9/14(金) 午前 3:20 卓


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卓
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