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忌々しき事に老若男女,テレビなどでは近年では湯川秀樹博士の名を知らない大人も多そうな気配ですが,少なくとも京都に生まれた人間にとって,或いは物理学を志す人間にとっては,大き過ぎる名前です.かく言う私も少なからず物理学と縁のある一人で,そもそも私が京都に惹き付けられた原動力の一つが湯川秀樹博士であった事は間違いありません.
今尚,私が京都と言われて連想するのは,東山と,幕末と,そして物理学.湯川秀樹という名前は,ある意味で私にとって京都の代名詞でもあります.
さて,順調にいけば来年度から量子力学や統計力学の研究が中心になるであろう進路がこの夏に決まり,改めて湯川秀樹博士の功績を辿ってみると,その最後に,湯川氏の眠る場所が分かりました.何と,自宅から高々5分の距離にある知恩院の墓地にある事を今まで知らなかったとは,恥ずべき失態でした.坂本龍馬や桂小五郎が近場に眠っているだけでもとてつもない魅力を感じていたくらいですから,更なる衝撃でした.
知恩院の,山に静かに広がる広大な墓地の奥,湯川家代々の墓地に,湯川秀樹博士は眠っています.知恩院の関係者でも知らない人がいるというほど,謙虚に眠っています.
湯川秀樹は,昭和24年(1949年)に日本人として始めてノーベル賞(物理学賞)を受賞した物理学者で,主な功績としては中間子理論が知られています.昭和10年(1935年)に代表論文「素粒子の相互作用について」の中で,原子核を束ねる要素として湯川秀樹が理論的に予言した中間子は,現代の素粒子物理学の基礎の一つとなっています.
プリンストン高等研究所の客員教授も歴任するなど世界的に活躍が知られています.又,物理学者としてその名を馳せる傍ら,平和活動にも大きく尽力し,核兵器廃絶を訴えるラッセル=アインシュタイン宣言の創設に署名した11人の学者の一人でもあります.
ところで,実は個人的には素粒子物理学にはあまり接点がなく,現在では中学からの同期である朝永振一郎の方が身近な存在なのですが,この世界的物理学者の存在感は京都にあってもやはり朝永振一郎に比べて薄いように思われます.学術的な著書を多く残している訳ではなく,数々の逸話が残るほど社交的な人物でもなく,やはり印象としては,物理学の研究と,平和活動の二つに,黙々と専念していたという感じです.
その為,一般人の間では,どうしても時代の流れと共に日本における彼の存在感は薄れて行ってしまうのかも知れませんが,彼の熱心な研究功績が,今の現代科学を支える柱の一つになっているという事は,忘れてはいけません.況して,我々若き学生達にとっては,日々の好奇心と,探究心と,根気と,様々な部分で彼から学ぶ事が今尚多いように思われます.
学術系の専門書はありませんが,彼の残してくれた幾つかの著書から,彼の直向きで温かい人間味がひしひしと伝わって来ます.漱石が読み継がれるのならば,湯川もまた日本の知識人の一人として読み継がれるべき一人なのだと思っています.
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訪問者30000人記念の記事です.最近忙しくて,近場なのに天気のいい昼の時間帯に写真を撮りに行く暇が無かったもので,遅くなってしまいました.週末には紅葉の写真を集める予定なので,これで少し記事が潤うかな…….あと,遅かれ早かれ朝永振一郎関係は記事にしたいと思っています.300回記念……だと遠そうですが.
2007/11/20(火) 午後 6:04
ゴブサタです。湯川博士、京都生まれでないのが残念!と、京都人の人たちは思っていたかも。(笑)私たちの世代は、この方の子ども向け伝記は必ず家にあったのではないかな?とはいうものの。。「中間子」「洛北高校」くらいしか憶えてないけど。 うちの京都ブログは閉店状態だけど、卓クンの写真、期待してます!
2007/11/26(月) 午後 7:59 [ はぐ。 ]
ご無沙汰です.うちも閉店状態ですが,紅葉の写真は少しアップしてみようと思います.やっぱり京都の方にとっては大きな存在ですね.生のお話聞けて良かったです.個人的印象ですが,湯川秀樹と朝永振一郎がいなかったら,やっぱり西の最高学府は阪大になっていたんだろうなぁ…….近い将来そうなると思いますが(笑).
2007/11/26(月) 午後 9:38
なんだか私もそう思いますよ。でも、卓クンがいるじゃない。また盛り上げてくださいね!京大♪
2007/11/28(水) 午前 1:32 [ はぐ。 ]
記念記事に理系持って来ましたね。以前、数理研の記事はあったので、今度は基物研も宜しく♪
2007/11/28(水) 午前 10:12 [ shaka ]
はぐさん,大学院以上になるとグンと京都の存在感が上がるんですが,学部がどうも弱いです.その点,阪大は学部生が本当によく勉強している印象.そもそも,湯川秀樹も研究の多くは阪大で為し遂げたものだったりするんですよね.
2007/11/29(木) 午前 8:56
shakaさん,基物研の記事はそのうち載せます.というか,写真のストックはかなり昔からあります.
2007/11/29(木) 午前 8:57
湯川秀樹の名前は、私の子供時代はヒーローでした、親の京大を目指すものは座ってご飯を食べていてはだめと言われ続けてきました。ちなみに京大などまったく関係のない人生ですが、実家の墓が高台寺にあり、たびたび帰京して
かならずその際は永観堂に参拝し、みかえり阿弥陀様に
おちこぼれた人生を歩く自分を振返り救っていただくようにお願いしています。
2009/10/21(水) 午後 0:05 [ kan*ako*0 ]
今の若い人では,京都出身の人でも湯川秀樹と聞いてピンとこない人も多いかも知れませんね.中間子って何?って感じでしょうか.朝永振一郎なんかいわずもがな…….
2010/1/1(金) 午後 1:23