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年の瀬の忙しない時期、僕もバタバタ忙しく過ごしながら、ようやく年末年始の連休を迎えた。 この1年を冷静に振り返ると、どんな1年だったのか。 時間に追われるような毎日にはしたくない、という気持ちは以前よりも強くなっているように思う。 振り返ってみて、 “忙しく疲れたけど、得られたことはあったのだろうか?疲れただけで済んでいないだろうか?” と思うことは多い。 だんだん、有意義な時間を過ごせるようにしたいと思う気持ちは強くなってきている。 人生を経るごとに、そういう気持ちは強くなるものなのだろうと思う。 何故なら、人生の終着が少しずつでも迫っているから、本能的にそう思うのだろう、と思っている。 2009年12月26日 朝日新聞 コラム『天声人語』 より
幕末から明治の初め、欧米から「お雇い外国人」がやってきて先進技術を伝えた。 彼らを悩ませたのは、時間にかまわぬ日本人の習慣だったという。 「日本人の悠長さといったら呆れるぐらいだ」 とオランダ人は書き残している。 ゆるい時間意識はしかし、すぐに厳格になる。眼鏡、ランプとともにまず普及した洋品は時計だった。 そして鉄道の発達が時間管理の徹底に一役も二役も買ったと、『遅刻の誕生』(三元社)という本に教えられた。 その昔、「急行」が初めて走ったときに怒った人がいたそうだ。 「乗る時間を短くして運賃が高いとはけしからん」 という理屈だったらしい。 時計にせよ暦にせよ、見えないはずの「時間」を見えるようにしたのも科学であり技術だった。 そして年の瀬、時の流れはいっそうに忙しない。 外国人を呆れさせたご先祖の悠長に思いをはせて、新しいカレンダーを壁に掛ける。 幕末から明治初期の日本人の『悠長さ』は、現代人が忘れてしまった意識なのかと思った。 人生有意義に過ごすことが第一であり、そのために時間を大切にするべきであるところが、 もしかしたら現代人は、時間を大切にすることばかりが優先されているのではないだろうか。 時間を大切にするというよりは、時間に追われるようになっているのではないだろうか。 これも、技術の進歩に人が追いついていない事象の一つなのかとも思った。 2009年12月26日 日本経済新聞 日経PLUS 1 より
大正期の1922年、物理学者の寺田寅彦は、東京の市電を観察した結果を「電車の混雑について」という随筆にまとめた。 それによると運転間隔が長くなると停留所に人があふれ、次の電車は混雑する。満員電車の後は立て続けに空いた電車がやってくる。 込んだ電車を1台やり過ごせばいいのだが、ほとんどの人は満員電車に乗ってしまう。 寺田寅彦は随筆の最後にこう記した。 「いわゆる人生の行路においても存外この電車の問題とよく似た問題が多いように思われて来る」 乗るか、待つか。人生観がにじみ出るようで悩ましい。 随筆の最後の言葉、既に大正期にはこのような感想が持たれていたのだ。 冒頭の幕末・明治期の『悠長さ』が、科学・技術の進歩により、失われていったのだろうか。 現代人である僕でも、この記事に書かれているように、混んでいようが最短で行ける電車に無理やりでも乗り込む。 1本やり過ごせば、空いた電車に乗ることができ、電車の移動時間が有意義になるかもしれない。 そう思うと、1本やり過ごす事の方が、時間を大切にしていることになるのかもしれない。 時間に追われていると、そういうゆとりがなくなっている。 電車1本をやり過ごせるくらい、ゆとりある時間計画を立てて行動したいものだ。 ところで僕は、以前に『松本市時計博物館』(長野県松本市)へ行き、時計の歴史を見て、時間の大切さを感じてきたことがあった。 『時間を管理する道具』 (2009.9.22の記事) より
時間を管理する道具『時計』は、このように相当精巧なものでなければ、正確な時間管理はできないものとなってしまう。 昔から人類は時間管理を大切にしてきたのであろう。 だから、より精度の高い時間管理道具『時計』を進化させてきたのであろう。 僕は、『時計』の歴史は、人類の歴史そのものではないか、とまで思ってしまった。 今では正確な時間を管理する道具は、正確であることを当たり前として、僕らは過ごしている。 当たり前ではなく、ここまでの『時計』の技術の進歩があって、正確な時間管理ができるようになったのだと。 “時間を大切にしよう!” 時計の歴史や機構を見ていて、そんなことを感じていた。 この時は、精巧な技術があるからこそ、正確に時を刻むことができる『時計』ができたのだと感じ、時間を大切にしなければ、という思いに至ったのだった。 『時計』という道具の進歩により、僕らは正確な時間を測れるようになった。 そういう『時計』を得た僕らは、それを使いこなし、時間を大切にすることが、求められているように思える。 NHKドラマスペシャル『坂の上の雲』が、この年末から放映が始まっており、僕も熱心に見ている。 ここで、主人公である秋山真之の父が、言った言葉が思い出される。
時間に追われ、忙しなく過ごしている中、この言葉を思い出して、自分の生活スタイルを改めたいと感じる。 幕末・明治期の日本人のような『悠長さ』を持ちながら、時間を大切に過ごしていきたい。 心大きく、悠々と過ごし、人生の経過を図りたいものだ。 年末に“この1年”を振り返った時、“いい1年だった”と思えるよう、 人生を終えようとする時には、“いい人生だった”と思えるよう、 「急がば回れ」を忘れずに、時間を大切にしていきたい。 年末を迎えたこの時期に、そんなことを感じ、思った。 |
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そんなに悠長だったんですね。
短気は損気。急がば回れですね!
2009/12/27(日) 午後 1:35
うまやどさん、はじめまして!
ご訪問、コメント、ありがとうございました。
幕末・明治期の日本人の『悠長さ』は、思い出すべきことかと思いました。
短気は損気、急がば回れ、心掛けて行きたいですね。
2009/12/27(日) 午後 5:27
今日の「坂の上の雲」は果たして
第4回目は、いろいろ問題がありました。TB先みてみてください。
2009/12/27(日) 午後 6:29
昔からのことわざは利にかなった諺でうなづける事多いですね。
私も心掛けたいと思います(^ー^*)
村凸☆っち。&凸☆っち。
2009/12/27(日) 午後 7:26
うまやどさん
トラックバック、ありがとうございました。
拝読させていただき、うまやどさんの記事へコメントさせていただきました。
2009/12/27(日) 午後 7:50
nononさん
諺は昔から語り継がれた教訓だから、間違いはないですね。
「短気は損気、急がば回れ」心がけたい教訓ですね。
Wポチ!ありがとうございます!
2009/12/27(日) 午後 7:52