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今日、仕事関係の シンガポール人(福建出身の子孫)と 言い争いになった。
会話の言語は ヘンテコ英語(俗に言う シングリッシュ=SINGLISH と呼ばれる言語)。 それを日本語意訳します。 彼:『普通、それは ちがうでしょう。われわれ は そうは考えませんよ。そんな風には。』 私:『普通 とは どういう 意味ですか。それから われわれ とは』 彼:『普通 の アジアの人 が考えることですよ。』 私:『でも あの意見には 同じ アジア人 の 私は 同意できないですよ。品が ないし、イメージが違う。それって 華僑の人 だけの考えじゃないの。』 彼:『 華僑 の意見なら、つまりは 東南アジア全体の経済を動かしている人間の意見 と考えられますから 普通 でしょ。われわれ とは 華僑 のことですよ。』 私:『でも消費者は 今回の場合は 華僑 より 人口の多い マレー・インドネシア の人ですから、まずいでしょう。人口比だって シンガポール以外は 華僑は少数ですよ。それに その華僑にしたって 出身地 とか で 全然 違うし、いまどき 華僑を 一抱え にするのは ちょっとねぇ。』 彼:『でも それって 日本人 が そう思うだけで 普通 違いますよ。われわれは。』 私:『また 普通 と われわれ ですか。今度は 誰を代表しているですか。自分の 家ですか。』 彼:『・・・・・・。』 私:『(やったぁ。勝った。V = 内なる私)・・・・。』 まったくもって他愛の無い会話でして・・・・・・・・。 気づいたこと/私見を 何の根拠もなく 非学術的に羅列します。 ・自分たちの 帰属 するところが非常に不明確というのがわかったこと。 アジア人・日本人。日本に住んでない日本人。海外で生まれた日本人もいますね。一度も日本に行った事がない日本人もいますよ。 世界市民(?)なんて括り方もあるようですが。 だとしたら ちょっと無理でしょう、そんな広ーーーい括り方は。 ・普通 の意味が 人 によって違うこと。 何を根拠に 普通 と言うか。普通 という言葉 の使用が 難しい。 自分の奥さん が言う 普通でしょってことさえ、オカシイことありますし、普通。 ・経済を握っているから 支配している? 普通 かもしれんぞ、これは・・・・・。 困った。 ・ご自分の意見の根拠を普通という概念で述べる人 = 人の意見を聞かない人 が 非常に 多いこと。 自分が 普通 と思ってますからね。 レッテル張りやすいです。 どの国にもいますね。 ・普通 の日本人じゃない 海外在住20年の私は どこに属しているのでしょうか。 普通 の日本人じゃないです。じゃあ 普通の日本人って何でしょう。 見てみたいものです。 普通の基準が振れると 国が 振れます。 普通 は選挙に行かない ワイドショーおばさん や 女のケツ追い兄ちゃん が 日本を決める ってことか。 (追記)15・09・2006 17:40(シンガポール時間) 海外選挙人として登録しております私は 選挙区に投票できない 普通じゃない人 でした。 普通とは・・・・・。
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限りなく愛おしくもの。これほど重く これほど軽い。
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字幕を読んで下さい。(音楽が流れます)
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今朝友達からおくられた 画像です。 どれがお好きですか? 冷蔵庫をあけて 果物野菜でお楽しみください
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シンガポールにいる友人が 次の記事を書いていました。 ものすご〜〜〜く 納得して ぜひシェアしたくなったので! 自分が 見事に女性の典型だと 再確認しました。 世界の経済を支えているのが 女性だということも! どう思われますか? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今日のニュースに出ていたこと。「仕事にやる気がでないとき、モチベーションをあげる方法」というテーマでアンケートをやったところ、男女の違いがバリッと出たらしい。男性の1位は《音楽を聴く》、女性は《自分にご褒美をあげる》。そう、そう!女性の部分にすごく納得。 そして記事にはこうも。「男性はまずは自分を落ち着かせることから始める人が多いのか、ランキングでは《音楽を聴く》《身の回りの整理整頓や掃除をする》が女性より上位にきています。」既にこの時点でええ〜っ。さらに「女性では圏外となった《ビジネス本やビジネス誌を読む》《ライフプランを作る》《バリバリ働いている人に相談にのってもらう》が10位以内にランク・イン」。マジですかそんなの圏外で当然でしょ〜?!ヘコんでる時にライフプラン立てて絶望的にならないの?仕事したくない時にビジネス誌を読むって、どーゆーこと??全然ストレス発散にならないし。 そこで女性はというと、これまた納得の回答。「《自分にご褒美をあげる》《自分で自分を褒める》など、「褒め」がポイント。また、男性に比べ《衝動買いをする/散財をする》《好きなものを好きなだけ食べる》が上位」 そうそう、そうなのよ〜。 そして最後に・・・「男性がモチベーションをあげるには、仕事のやり方や人生のあり方などの解決法を見つけることがより重要と言える一方、女性は仕事に直接関係ない消費でストレスを発散させる人が多い傾向がある」。おおー、深く納得。どおりで、単に聞いて欲しくて話をしている時にやたらと解決方法を提案して私をイラッとさせる主人がいるわけだ。男女の差って以外にハッキリ現れるものなのね。ちょっと面白かった。
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昔から尊敬してやまないフォトジャーナリストの広河隆一さんが、自身のライフワークであるパレスチナのドキュメンタリーを遂に公開。広河さんの仕事と言えば、1960年代後半からずっとパレスチナを追い、パレスチナの消えた村々を追う写真が代表作。 「ナクバ」とはアラビア語で大破壊と言う意味。パレスチナ人にとっては1948年のイスラエル建国時に引き起こされた戦いや、虐殺や、避難の体験を意味する。このナクバに焦点を当て、消えた村々にかつて住んでいた人々を追った映画である。 広河さんが社会主義的実践の理想郷であるイスラエルのキブツ(農業共同体)に赴いたのは1967年。そこである日、目に留まったのが農場のそばにある廃墟。この廃墟についてイスラエル人の仲間に問うが歯切れの悪い答えしか返ってこない。この廃墟はパレスチナ人の村の跡だった。「イスラエルの建国は民なき無人の土地になされた」という嘘、欺瞞。この廃墟を目にした日から、広河さんのジャーナリスト人生が始まる。ここで何が起きたのか、この廃墟になった村の人々は何処へ行ってしまったのか、その疑問に対する答えを探す旅の始まり。 ここで行われたことは、かつてイスラエル、いやパレスチナ全土で行われたこと。突然の退去命令と、巧妙な土地の接収と、無差別の虐殺。こうしてパレスチナの村から人が居なくなり、人々は難民となり、村は廃墟となり、その上にイスラエル人の「国」が造られた。これがナクバ。 そして、このナクバから60年、今も故郷を失ったままの人たちが大勢いる。彼らがパレスチナ難民。 映画に出てくる一人一人の故郷に対する思いが、胸を締め付ける。当時を思い出し目の前で失った家や家族のことを語る老人たち。ナクバの記憶を持つ世代がどんどん年老い、少なくなっている。 一千時間を越えるインタビューや村の調査の映像から劇場公開用に2時間に削ることはどれほど困難なことだっただろう。このすべての映像をアーカイブスとして、残していく作業を広河さんは進めていらっしゃる。人生をかけた仕事、あまりの凄さに言葉をなくす。 ナクバは忘れてはならない悲劇。イスラエルは決して無人の土地の上に建国された訳ではないということを、イスラエル人自身が向き合わなければ和平も何も始まらない。 しかし、希望もこの映画にはある。ナクバの調査に学者として、左派活動家として、人権派弁護士として加わるイスラエル人の良識派の圧倒的な姿。抑圧された者との連帯、人間同士の共感、シオニズムに潜む人種差別主義への反対、それぞれの理由が彼らにあるが、共通しているのは一人の人間として、譲れないもの。イスラエル国内にもたくさんの考え方があり、たくさんの姿勢の人が居る。 映画は数十年ぶりに、数時間だけの許可を得て廃墟となった故郷へ戻る人々の姿を最後に映し出す。かつて、大きな泉があり果樹園や畑はたくさんの産物が実っていた。故郷の墓を、木々を、果物の実りを、泉の水を、廃墟から出てきた水タバコの道具の一部を、愛しそうに眺める人々。決して戻れない故郷。 パレスチナで出会った、たくさんの人の顔が浮かんだ。何事もなかったかのように平平凡凡と暮らす自分の罪深さを思い知った。 パレスチナに戻りたい。でも、その前に自分が見てきたこと、出会ってきた人の思いをちゃんとカタチにしなければ。もっと真摯に。 「ナクバ」は現在渋谷ユーロスペースで上映中。 http://nakba.jp 多くの方にご覧いただきたいドキュメンタリーです。 目を背けてはいけない事実の重みを、多くの方に感じていただきたいです。
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