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2月3日 土曜日 節分
「うん、これかい?、800mmだけど。大したことねーなっ」。
ピクニックの森で出会った長い白ひげをたくわえた男はいった。ボクは汗がにじりでるほどにし
っかり握り締めた自慢の200mmをパブロフスドッグのように後ろ手に回していた。これって条件反射
なのか、額からも汗。でも条件反射ではないのは明らかだ。むしろ、無条件降伏ではないか。
頭の中は、白旗と9月2日東京湾に停泊する米戦艦ミズーリの甲板に埋め尽くす外国人で、吐き気をも
よおしたが何とかこらえた。くーっ、格好よすぎるぜ。
「しかし、誰もいねーな。どこ行っちゃだろう」
仲間をさがしているようだ。この白ひげの男は、鳥を探しているのではない。仲間を探している。
「野鳥の森に集まってましたけど」
「なんだ、そっちいって遊んでんのか」
確か、野鳥の森には見たことのあるメンバーがアカハラやルリビタキを待ちかねて三脚を立てていた。
森と森の間にほんの少しできた沢、ここはたくさんの野鳥が通過する止まり木があるように、一瞬
とまってはどこかに去っていく。サラリーマンの新宿や赤坂や銀座のようなものだろう。老夫婦が
双眼鏡をしっかり両手に握り締めて、あれはアオジだなこっちはアカハラ、いまメジロが行ったよ
と実況中継をしてくれおかげで、ボクは頭の中のわずかな記憶にあるネットで探しまくった野鳥の
名前と画像でしか見たことのないその勇姿を思い浮かべながら老夫婦の実況と重ね合わせた。
うんうん、なるほど。ああそうだ。良く知ってるこの爺さん。歩くネットかー、やっぱり髪の毛が
網状になっていた。ズラかも知れない。アカハラはツグミ科の亜種アカハラだ、シロハラというの
もいるのだ、なんて自分の中で反芻した。2000年までは何々目何々科亜種何々といっていたそうだが、
いまは亜種という言い方はしないのだそう。日本野鳥の会の「日本の野鳥」にはそういった表記が
なくなっているらしい。以前はつぐみでさえズメ目・ヒタキ科ツグミ亜科アカハラといっていた。
バツーカ大砲ばりのレンズを装着したカメラを操る人たちが動いた。
「カシャカシャカシャカシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャカシャカシャ。
カシャカシャカシャカシャカシャカシャ、カシャカシャカシャカシャカシャカシャ。」
ボクも、「カッシャン…、カッシャン…、カッシャン…」
森のプチセレブが瑠璃色コスチュームでお出ましだ。
知らない野鳥と出会いたい。自分で撮ってみたい。
早起きはできなかったが、それでも朝のうちに家を出た。マウンテンシューズに片足を突っ込み玄関の
ドアを開けながらもう一方の足を突っ込む。思わずバランスを崩し、ケンケンパッをしながらも何とか
もとに戻した。イグニッションキーは軽やかに、エンジンを響かせた。道々の風景に目をやり、風にな
びく枯れススキの隙間を覗き込む、空を行く野鳥を目で追う。道は思いのほか渋滞しているのに気分は
すがすがしい。もう何年前か、クリスマスイブの夜、なぜあれほど急いでいたのか、そのためにタクシー
に突っ込んだ。今となっては懐かしい笑い話だ。
秋ヶ瀬。
公園を入ってすぐの森に車を止めた。今日は北の入り口から川沿いに2kmほど探索した。
枯葉を踏みつぶすたびに枯れ草の間から飛び立っていく。ボクみたいなヤツがいるもんだ。出遅れた
のろまが葦にしがみついて息をころしている。葦に生息するスズメほどの野鳥が何かはよく知らないが
どうも利口そうには感じなかった。数枚をおさえるが如何せん200mmでは遠い、遠いなりにも押さえて
おかなければ。ほぼ、1kmほど進んだところで気づいたことは、車を止めたいところが北の端だという
ことに。
ぼくは、南に進んでいる。すべての鳥が逆光になっていた。これでは見えるはずの顔も見えない。
できるだけ、後ずさりするように進み、鳥たちを追い越し純光で撮れるように配慮する。こんな配慮も
腕のうち。自分に感心する場面だ。これがしゃれた映画なら後世の語り草になるだろうと草むらの中で
自分に酔った。だが、鳥たちを追い抜いて純光になるチャンスは少なかった。鳥も賢いと感心する。
ボクが先回りをするが早く飛び立つ。ともかくも何枚かは出遅れたやつらを撮れた。先週のような
“タヌキ”(目と目があった瞬間にシャッターを押したつもりが後ろ姿だった)でなければいいが。
虎の子のカメラにおまじないをかけた。
復路は、森の中を抜けた。とたんに大砲をかついだ面々にひるむ。今日はそんなことも気にせず力強く
進んだ。いくつかの大砲の群れにもであった。大砲の少し後ろからもシャッターをきった。
公園デビュー3回目、よちよち歩きのボクも少しは慣れてきたようだ。木々の陰が長くなるのを感じ、
足を速める。先週アリスイを狙って群がっていた場所にさしかかると、大砲をかついでうろつく長い
白ひげをたくわえた男にであった。くーっ、格好よすぎるぜ。あこがれの大砲だ。
「うん、これかい?、800mmだけど。大したことねーなっ」。
節分だからというわけではないが、ボクは豆鉄砲をくらった?
大砲にはかないません。
「おじさん、仲間を探すより、鳥を探したほうがいいんじゃない」
声にならないアドバイスをしてやった。
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