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市の境界板でご想像のとおり、日光の入り口。 杉並木は、つまり日光杉並木です。 ここは、平成の大合併までは今市市の入り口でした。 つまらない洒落に、「日光の手前だね(=イマイチ)」などと言ったものです。 入り口に合わせるように杉並木の始まりになっています。 ということは、日光街道と思われるでしょうが、そうではありません。 この街道はの日光街道の西側を通る、「例弊使街道」です。 日光例幣使街道について・・・ 日光東照宮に毎年朝廷から派遣された例幣使が通行した道で、例幣使の派遣回数は221回にもおよび、毎年4月に京都を出発したそうです。ルートは中山道の倉賀野宿から分かれて、玉村・五料を経て利根川を渡り、太田・天明・栃木を経由して壬生通(日光道中)の楡木宿にいたる道を、幕府が例幣使専用の通路として日光例幣使道と命名したようです。また例幣使のほかに日光参拝の公卿や大名をはじめ多くの人達の往来があったということです。 この例弊使街道の杉並木を少し入った所に、今市市小代(こしろ)というところがあります。
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たびたび
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めったに出かけることのないボクの旅日記
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「せっしょうせき」と読むらしい。 「殺生石(せっしょうせき)は、栃木県那須湯本温泉付近にある溶岩。 鳥羽上皇が寵愛した空想の女性、玉藻前(白面金毛九尾の狐の化身)が正体をあらわし、数万の軍勢によって殺害され、石となったという逸話がある。その後、至徳2年(1385年)に玄翁和尚によって打ち砕かれ、そのかけらが全国3ヶ所の高田と呼ばれる地に飛散したという。 この岩は、近くから硫化水素や亜硫酸ガス、そして砒素などの有毒ガスが噴出しているため、近づく人や動物などを殺したことから、生き物を殺す石という意味から転じて、その名がついた。 現在は観光名所となっており、観光客も多く訪れる。」 という。 「有毒ガスが噴出しているため、近づく人や動物などを殺したことから、生き物を殺す」 ということのようだが、 ここに来てみると、たくさんのツバメが看板の前を飛び交わしていたし、 近くにはたくさんの野鳥の声が聞こえていた。 時代とともに、その神通力が弱まったのか、それとも動物たちが順応してきたのか。 近くで、食べた蕎麦は最悪だった。 是より殺生石に行。館代より馬にて送らる。此口付のおのこ、短冊得させよと乞。 やさしき事を望侍るものかなと、 野を横に馬牽むけよほとゝぎす 殺生石は温泉の出る山陰にあり。石の毒気いまだほろびず。
蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す。 松尾芭蕉 |
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夕日の沈む南西の方向に向かう新幹線で広島に下りたボクは、 広島城が、維新の前時代の破壊傾向の中で壊されることなく、 昭和20年8月5日まで、当時のまま残されていることを知った。 現在のものは昭和33年の再建。 内部はいわゆる資料館として機能しているが、歴史的意義付けのある事実を知る事となった。 前を行く小さな女の子が母親に聞いていた。 「ねえママ、原爆がなかったら残っていたってこと〜?」 広島に向かう前にボクは、名古屋でワンストップした。 目的は名古屋城だったが、なぜか寄らずにまた新幹線乗った。 山本総本店の前でも、味噌煮込みうどんを品定めしただけで、素通り。 あまりの暑さに、熱々のうどんを食べる気にならなっかたのかもしれないが、 実は、窓辺に迫り来るような浜名湖の湖面のうねりを見ていると、 ワゴン販売が通り過ぎるところだったのだ。 東京で飛び乗ったのはいいが、やけに腹が空いてたまらない。 思わず、「コーヒーとサンドイッチ」といってしまったのだ。 「950円です」 げげーっ、コーヒーとサンドイッチで950円〜〜?? レシートに「プレミアムサンドイッチ」とかいてあるのを見て、なぜか納得をしていた。 しかし高いよなー。 サンドイッチをくわえながら、車窓に田園風景が流れていった。 水を張ったところもあるようだが、まだ田植えは始まっていないらしい。
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ホームに射し込む夕日が、正面から屋根の下をすり抜けてきてまぶしくてたまらなかった。 初夏の香りに誘われるように、ボクは東海道新幹線に乗っていた。 少しうつらうつらしていたのだろう、目を覚ますと岡山駅を走り出すところだった。 こんなに来てしまったと思いながら車窓を眺めていた。 岡山を過ぎると、トンネルばかりが続く、寝ていてもいいくらいにトンネルは続く。 わずかばかりの途切れから覗く風景は、わずかばかりの棚田にベンガラ瓦屋根が、 旅情を掻き立ててくれる。ここにも人々の生活があるのだなと思った。 もうすぐ広島到着の車内アナウンスが聞こえるころ、やっとトンネルを抜けた。 そこには、山々に抱かれた都会の白々としたビルの世界が広がっていた。 降りてホームをとぼとぼ歩く正面から、射し込む夕日がまぶしかった。 この日、広島は大分と同じように真夏日を記録したようだ。 半そでのTシャツながら歩いていると暑い。 持っているジャケットとシャツが邪魔で仕方なかった。 汗をかきかきしてまで食べた広島風お好み焼きは、やはりうまかった。 しかし、東京で言うなら分かるのだけど、広島で広島“風”お好み焼きというのかが不思議でならない。
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