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朝起きて、カーテンを開けると、窓の外には早起きのツバメが飛び交ってました。 「出口」という文字が左右反対。HTTPはちゃんと読める。これは、客目線になっている証拠。 広島で撮った写真はこれが最後です。
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たびたび
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めったに出かけることのないボクの旅日記
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さらばー地球よー♪ 旅立つ船はー♪ 私は・・・、イスカンダルのスターシァーーー 守にいさん、にいさ〜ん〜〜〜〜〜。 呉は、広島県南西部、広島市の南東にある市。広島湾に面し、江田島・能美島・倉橋島を望む。もと海軍工廠がおかれた軍港。現在は造船所があり、呉港を中心に重工業が発達。人口251000。 通称大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館) 平成17年4月23日オープンした。 館内には10分の1戦艦「大和」が展示されている。 博物館建設の趣旨 呉市は,明治22年に呉鎮守府,明治36年には呉海軍工廠が設置され,戦前においては,戦艦「大和」を建造した東洋一の軍港,日本一の海軍工廠のまちとして栄え,また,戦後においては,戦前から培われてきた技術が新しい技術と結びつき,世界最大のタンカーを数多く建造するなど,我が国が戦後約10年ほどで世界一の造船国へ発展する一翼を担い,有数の臨海工業都市として発展し,地域の産業発展のみならず,日本の近代化に大きく貢献してきました。呉市海事歴史科学館(愛称:大和ミュージアム)は,明治以降の日本の近代化の歴史そのものである「呉の歴史」と,その近代化の礎となった造船,製鋼を始めとした各種の「科学技術」を,先人の努力や当時の生活・文化に触れながら紹介し,我が国の歴史と平和の大切さを認識していただくとともに,科学技術創造立国を目指す日本の将来を担う子ども達に科学技術のすばらしさを理解していただき,未来に夢と希望を抱いていただくことのできる「呉らしい博物館」とすることにより,地域の教育,文化及び観光等に大きく寄与することを目的とします。・・・とまあ、ながたらしい。 広島駅で新幹線を降り在来線に向かう。 改札前には、広島のうまうま(ヨダレ)がいっぱい並んでいた。 穴子めしもさることながら、さすが呉港に行かんとするボクの前に海軍さんカレーとは・・・。 呉の駅を降りると、呉港桟橋に続くスカイウォークからドックがせり立っているのが見えた。 お目当ての大和ミュージアムはその隣に赤レンガ造りで趣のある佇まいを見せていた。 スカイウォークをおり、周辺の散策をする。さすが、もと軍港らしく、遠くには戦艦も見えていた。 こういうとき、どうして宇宙戦艦ヤマトの歌を歌ってしまうのだろう。 館前の広場には、戦艦陸奥の主砲や錨スクリュウや舵などが展示されていた。 当時40センチ砲を装備した戦艦は世界中で「陸奥」「長門」のみだった。 海の誘い、ドックの迫り来る迫力、潮風にボクは陶酔してしまったー。 いいぞ、いいぞ、 なんかいいぞ…、心はなぜかトキメイいていた。 さーっ、館内に入ろう・・・。 しかし・・・ 火曜日は、休館日・・・、あれー! 仕方ないので、ガラス越しに1/10大和の後姿をとらせてもらった。 戦艦「大和」は,昭和16(1941)年12月,呉海軍工廠(海軍直轄の工場)で,当時の最先端技術の集大成でありながら極秘裏に建造された世界最大の戦艦です。しかし昭和20(1945)年4月7日,沖縄特攻作戦に向かう途上,米艦載機の攻撃を受け沈没,乗員3,332名のうち3,056名が大和と運命を共にしました。しかし,戦艦「大和」建造の技術は生き続け,世界一の大型タンカー建造だけにとどまらず,自動車や家電品の生産など幅広い分野で応用され,戦後の日本の復興を支えてきました。 10分の1戦艦「大和」は,平和の大切さや科学技術の素晴らしさを後世に語り継いでいます。と大和ミュージアムHPより。 |
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5月16日 水曜 ホテルの広いロビーの片隅にポツリと置かれたピアノ。 どんな音色を奏でてくれるのだろう。 疲れた旅の止まり木に、きっとやさしい音色なのだろう。 そんなことを思っているだけで、奏者がいなくても旅の疲れが癒されていた。 もし、心に響く旋律を聞くことが出来たなら、 旅の疲れが癒されるばかりでなく、もうひとつ旅のエッセンスになる。 そんなときの音楽は・・・? ショパンもいいけど、白鳥などをあえてピアノで聞いてみるのもいいかも知れない。 バッハのフーガ二短調も教会に響くようにロビーにも響くのだろうか。 特別、音楽に興味はないボクだけど、やさしい音楽は、ボクを包み込んでくれる。 旅の疲れどころか、浮世の疲れも忘れさせてくれる。 旅に出なくても、いつもボクは旅人。 何時だって、時間の隙間を旅している。 新暦の今日、5月16日は、芭蕉が奥の細道に旅だった日らしい。 江戸深川の芭蕉庵を出た、思いは、青空に夢を託したのだろう・・・。 芭蕉が弟子の河合曾良を伴って、元禄2年3月27日(新暦1689年5月16日)に江戸の芭蕉庵を出発し(行く春や鳥啼魚の目は泪)、全行程約600里(2400キロメートル)、日数約150日間(約半年)中に東北・北陸を巡って1691年に江戸に帰った。奥の細道では、大垣に到着するまでが書かれている(蛤のふたみにわかれ行秋ぞ)。 本日も快晴。 旅に出るにはいい天気だ。手裏剣はおいていこう。
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大和(計画名A140F5)は1937年11月4日、広島県呉市の呉海軍工廠の造船ドック〔造船船渠〕で起工された。
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