ここから本文です
ブログ始めました!

藤見の会 コンサート

 お天気に恵まれ、素敵な藤見の会になりました。
花は、五分咲きから六分咲きとなり、棚からぶら下がって風に揺られていました。クマバチも忙しそうで、のどかな1日でした。

 今年は、準備が遅れ、PR不足だったので、客足を案じましたが、それでも 100名近くの皆さんにおいでいただきました。
 武仲圭子さんによるフルート演奏と、ジョージ浜口さんによる ギターの弾き語りを、交互に やっていただき、途中では、お二人のコラボで楽しませていただくという贅沢な時間をいただきました。
お二人の音楽歴には、あまり共通点がないようなのに、それでも、初見で演奏できる強みで、見事なハーモニーを作り出していただいたのです。音楽は、ジャンルを越えて楽しめると実感しました。

 
イメージ 1


  フルートは、一度 空気を外に出してから奏でるので、風に左右される敏感な楽器ということで、フルートは本堂の中、ギターの弾き語りは、外で演奏するというスタイルでしたが、初対面とは思えぬ息のあったひとときでした。

それにもまして、それぞれが 今日のために用意してくださった曲は、春という季節を謳歌できる素敵な選曲で、フルートの柔らかい音色、ギターの親しみやすい音色で、堪能させていただきました。武仲さん、浜口さん、有り難うございました。
また、来年お目にかかるのを楽しみにしています。

さて、今年、お茶を運んでくれる半東さんには、いつものメンバーに加え、小学生の助っ人が加わりました。成長盛りの彼女は、年長組よりも背が高く、初めて着物を着て動くという慣れない仕事にも 最後まで頑張ってくれました。着物が着崩れしないかと、はらはらしながら、水屋仕事を手伝って下さっていた彼女のお母様も、娘の頑張りを誇らしく思ってくれたはず。それ以上に、お父様は、娘の晴れ姿に目を細めていました。

イメージ 2


また来年も手伝ってくれると言ってくれました。来年の今頃は、更に大きく綺麗になっていることでしょう。楽しみが増えました。

今年は、東堂の追善供養茶会となってしまいました。義母がなくなってから、夜に開催していた藤見の会を、昼間、茶会としてリニューアルしましたが、それを誰よりも楽しんでくれていたのが東堂でした。半日、テントの下で、次々と訪れるお客様や娘夫婦と、楽しそうに歓談していました。その姿を思い浮かべながらの茶会でした。

今日は、久々に二人揃ってお茶を飲みながら、下界の様子を楽しく眺めていたことでしょう。良い供養の一日となりました。協力していただいた皆さんに感謝❕


藤見の会

  今度の21日(日)に、藤見の会が開かれます。
昨年同様、フルートコンサートに加え、新たに、ギターの弾き語りもあります。
また、抹茶とお菓子の提供もあります。

イメージ 1


今年の藤は、昨年より開花が遅く、花はまだ三分から五分咲きです。しかも、花数が少なく、今のところ華やかさに欠けますが、日中の温度が上がれば、花もあっという間に開花していくことでしょう。
今日、蜜を求めて、クマバチが登場しました。お決まりの訪問者です。いつ、どうやって花の開花に気づくのか、自然の神秘です。

皆様のお出でを、お待ちしております。

また、もう、散り始めますが、今年は、日曜日まで、黄色い桜が楽しめるかもしれません。   

イメージ 2




イメージ 1


御衣黄桜は、薄黄緑から、黄色に色を変え、今、花の中心部から、ピンクに変わり始めています。あと数日で散り始めそうです。

イメージ 2


花ももは、もう、半分近く花びらを散らしてしまいました。

信州への旅で、花ももの美しさに苗木を二本買い求めました。花ももというのは、一本の木から、白と赤の花が咲く珍しい木で、その咲き分け苗木を買ったのに、一本は枯れ、残りの一本は、紅白の咲き分けではなく、真っ白な花の木でした。しかし、植えた場所が良かったのか、あれよあれよという間に大木になりました。
咲き分けでなかったのは、今でも残念ですが、この潔いまでの白さも大好きです。

イメージ 3


今日の暖かさに、藤の花も少しほころび始めました。この暖かさが続けば、週末の藤見の会も、少し期待できそうです。



  桜吹雪の美しい季節となりました。
桜の木の下に駐車しておくと、次々と花びらが車体に降り注ぎ、雨が降ったりすると、まるで、シールのように、花びらが車体を飾り、桜号と名付けたいような綺麗な車が仕上がります。初めは、ルンルン気分ですが、雨が上がったあとは、変色した花びらが、車体にこびりついたままで なかなか取れません。おまけに、ドアを開けたときに、車の中に入り込んだ花びらが、座席や足元に花だまりを作り、掃除しなければいけません。風流というものは、こまめな性格の人だけが楽しめる境地かもしれません。

さて境内の黄色い桜と、花ももが、満開を迎えました。
あとは、藤の開花を待つだけです。

今週4月21日に、藤見の会を予定しています。昨年は、第四日曜日に催したところ、花が散っていて残念な結果でしたから、散ってしまった無惨な姿よりは、これから咲き誇る勢いのある姿を見てもらった方がいいだろうと、今年は一週間早めました。しかし、これが、あだになりそうです。まだ、小さな蕾が顔を覗かせただけで、どれだけ暖かくなっても、房が下に降りて伸びてくるまでには時間がかかりそうです。

しかし、今年は、昨年のフルートコンサートに加え、ギターの演奏もあります。
昨年同様、お抹茶と菓子も用意しておりますので、ぜひ、足をお運びください。

午前11時から午後3時まで、呈茶する予定です。皆様のお越しをお待ちしております。

<PS>
ご承知の方も多いと思いますが、Yahoo!ブログが終了します。そこで、今後、ライブドア、はてな、アメーバのいずれかに引っ越しをする予定です。まだ、詳しいことは決めていませんが、引っ越し後も 「お昼寝mom」の後愛読よろしくお願いいたします。




東堂のこと(10)

  新しい元号が決まりました。「令和」
発表時は外出先だったので、NetNewsで知った時は、あまりピンと来ませんでした。帰宅し、テレビに映し出された「令和」の躍動感溢れる文字を見た時、ほーっという感じで、書きやすくていいかも…と、思いました。書体から受ける印象というのは、大きなものがありますね。

さて、三ヶ月近く準備してきた 東堂の 本通夜が29日に、本葬が30日に、しめやかに執り行われました。本人が望んでいた通り、境内の桜が見頃を迎える暖かい日に、葬儀を行うことができました。

通夜の席で、説教師としてお出でいただいた 当寺の本寺にあたる廣泰寺の東堂さまは、うちの東堂とは年齢的には一番近い方なので、共通の思い出も多く、心に残るお説教をしていただきました。私などが知らないことも お話いただき、有り難いお説教でした。

同じく 本葬で 導師をつとめていただいた廣泰寺のご住職は、学会で発表する東堂の姿を見たことがあったそうで、学者としての姿を ご紹介下さいました。

お二方とも、道元研究の第一人者として、長い研究生活を貫いた東堂の姿を お話しくださいました。学校の教員や郷土史の研究家としての姿しか知らなかった参列者のほうが多いので、初めて聞く話に驚かれた人も多かったようです。 

本葬を迎えるために、連日、寺に来て手伝って下さった Sさんは、今も後片付けのために、足を運んでくださっています。感謝したい皆さんは、数えきれません。当日は、もちろん、本当に大勢の方々にお世話になりました。

また、用意万端と思っていても、本番になると思いもかけぬハプニングが起こります。至る所で電気を使うので使用量がオーバーし、ヒューズがとびました。前日までついていたエアコンのリモコンが電池切れになり、寒い思いをさせてしまった控え室もありました。

また、お坊さんたちは、修行してきていますので、自分達のことは自分でやります。特に若いお坊さんは、よく動きます。お茶の接待のために待機してくださった皆さんの出番がない控え室もありました。

改めて、一つのことを成し遂げる大変さを、実感させられる日々が続きました。しかし、東堂には、教員としての日々がありましたから、檀信徒の中に多くの教え子がいましたので、「先生のために」「大和尚のために」と言って動いてくださる方々が多く、本当に助けていただきました。

また、昨年、町立文化会館で『和尚の講話  百翁の妄語』というタイトルで、東堂が講義した資料を、本葬に間に合うようにと一冊の本にまとめていただきました。これには、本当なら講義するはずだったのにできなかった 今年の一月から三月までの三回分の資料も収められています。用意のいい東堂が、早々と準備し書き上げてあったテキストです。

その内容は、和気あいあいとした茶話ではなく、世界でも最も難しいとされる「正法眼蔵」を中心にまとめられたテキストで、それだけを読んでも難解すぎて理解できません。しかし、東堂の、力強い張りのある声で説明されると、一瞬わかったような気持ちになれる不思議な時間でした。
聴講生には知識人と呼ばれている方も多く、その方々でさえも、「難しい!」と口にされていました。しかし、その難しくて訳のわからないことを無心に聴くのが楽しいと言って 通ってくださるという 不思議な空間でした。それを「老師の命のほとばしりを いただいている時間」と評して下さった企画者のH氏が、本葬に間に合うようにとご尽力下さった小冊子です。毎回、当寺に咲く四季折々の花々を撮影してくださって、テキストに添えるという編集をしていただいており、この小冊子も、今年の桜が表紙となっています。

大正、昭和、平成の三時代を生き、新しい「令和」を目前に遷化した東堂。元旦に亡くなり、誕生日に本葬という劇的な去り方をした東堂。自分の生き方をぶれずに貫いた学僧の東堂は、このようにして、桜満開の美しい時期に旅立ちました。

不思議なことが一つ。 毎年、境内の桜は、裏の砂防ダムの脇に咲く桜が、日当たりがよく暖かいので一番に開花し、次に墓所の大きな一本桜が開花し、そして最後に、庫裏近くの桜が開花します。今年は、葬儀の参列者の目につく庫裏近くの桜が、あっという間に開花し、葬儀の間、目を楽しませてくれました。そして、いつもなら、それよりも早く見事な花を見せる墓所の桜が、どういうわけか遅いのです。その墓所の桜は、歴代の住職の墓の上に枝を広げています。どうやら東堂の納骨が終わるまで、開花を遅らせて待っていてくれたような気がしてなりません。納骨が終わった今、待っていたかのように華やかに咲き誇るのでしょう。

お疲れさまでした、義父さん。これから 頭上に降り注ぐ桜花を愛でながら、ゆっくりお休みください。





[ すべて表示 ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事