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本日6/16(木)、曇ってます。
蒸し暑いです。今週は、お天気がいまひとつな上に
湿度も高いので、動くと暑く感じますね〜。
さて、昨日もももは学校が修学旅行の代休でしたが、
午後は、部活の自主練に行ったようです。7月後半に県大会が
あるので、その練習をしていたようです。県大会が終わると、
ようやく、部活引退となります。部活を引退したら、
模擬試験を受けてもらい、受験勉強もがんばってもらいます。
夜は、ちゃぼとたまりん、空手の稽古に行きました。
昨日は、たまりんも遅刻することなく道場に着き、稽古開始時間前には
道場に入れました。昨日は、SP先生の指導でした。1ヶ月ぶりの
SP先生の指導でした。生徒は中学生のH君、ちゃぼ、たまりんでした。
稽古内容は、基本→移動→ミット→受け返し→ビッグミット→終了 でした。
ビッグミットはSP先生が持ち、3人で1分交代のローテーションで
行いました。蒸し暑いけど、体を動かしたので、気分爽快でした。
気分爽快になり、帰宅してからドラマ(リバウンド)見て、気持ちよく寝られました。
日本国内でいろんなことが気になりながらも、たまりん個人は、リラックスしてました。
リラックス どんなことでも 見つけよう〜♪
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たまりん 心の俳句
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2011年06月16日
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実際のところ原発反対って言っている人ってどれくらいなんですかね?
ネット上でブロ友の方達の意見を見ていると積極的に推進と言う人は少ないまでも、反対と言う人もあまり見かけない。
そもそも日本での原子力発電って60年くらい前に始まったんですよね。
当時日本は敗戦から立ち直るために懸命になっていて、電力需要が年々増えていきました。
さらにオイルショック等もあって、石油価格が高騰したりしたので、資源の乏しい日本で電力の安定供給を実現するには原発を増やす必要が増していった。
その頃は太陽光やら風力なんかはまったく実用性がなかったようだし。
国民は少しでも豊かな生活ができるようにとせっせと働き、経済成長は続いて日本は世界屈指の経済大国へと発展していったわけですが、その経済成長を支え続けてきたのは原発の力も大きかったわけです。
それに原発は設備投資などに大変お金がかかるし、費用対効果を考えたら始めたからには続けていかないと電力会社だって採算が合いません。
また、補助金の財源である税金も電気料金も国民がせっせと働いて払ってきたものですよね。
ということは、今ある原子力発電の技術は国民全体が原子力に投資してきた成果でもあると思います。
今回初期の頃に建てられた古〜い福島原発が事故を起こしましたが、その事故だけで今すでに存在している最新の原子力設備も何もかも否定してしまうっていうのは国民がこれまで何十年も投資してきたものも無駄になるってことですよね?
それを国民が望むならそれはそれで仕方ないとは思いますが、なんとも早計という気がします。
命が大事命が大事と言いますが、今のところ福島原発の事故で直接放射能による被害者って出ていませんよね。
そう言うと「放射能による被害は何年も経ってから出てくるんだ!」と言う人がいると思いますが、お医者さんが言うように今回のような低線量の被ばくのケースでは被害者はほとんど出ないかもしれない。
それについてはコチラで↓
【健康】ホルミシス効果
もちろん人によって影響を受けやすかったり受けにくかったりすると思うのでなるべく被ばくしない方がいいとは思いますが、もしお医者さんが言っている通りで今回のケースでは健康被害を訴える人が出ず、逆にガンによる死亡率が減るようなことになったら、福島での被害は今騒いでいる連中が起こした風評被害だけってことになるかもしれない。
私としては福島に住んでいるのでそうなってほしいですけどね。誰も健康被害なんて起こしてほしくないし。
反原発で騒いでいる連中は福島で何か起こることを望んでいるようにも見えます。何か起きたら大喜びしそう。「そら見ろ(笑)」と。
だいたい命が大事と言うのなら自動車事故では毎年何千人もの命が奪われているんだから車も乗るべきじゃないし、飛行機も電車も利用すべきじゃないってことになります。
経済政策の失政続きでも毎年3万人もの自殺者を出しているんだから、命が大事と言うのなら放射能より深刻な被害が他にもたくさんある。
放射能だろうが車だろうが経済政策だろうが命を失うことに変りはないはず。
日本で快適な暮らしをしているってことは様々なリスクの上で生活しているってことです。
自分がそのリスクを背負っていなくても、他の人が背負ってくれているのかもしれない。
例えば、欲しいものを近くのお店で手に入れることができるのも、トラックの運転手さんが交通事故に遭うかもしれないリスクを取りながらも商品をあなたの近くの店に運んでくれているから。
快適な住居に住むことができるのも、職人さん達が危険な仕事を引き受けてくれているから。
「その分の対価を払っているんだから当然だ」と傲慢になるのではなく、自分に出来ないことをしてくれている人たちのおかげで自分は便利なものを利用することができているんだと感謝する方が私としては良いように思います。
原発のおかげで安定した電力供給がこれまで実現していて、そのおかげで様々な便利な電化製品や病院などの施設、夜中でも街灯のある道などを利用できていたんだから、事故が起きたら批判するだけではなく少し冷静に考えてみたらどうでしょうか。
何か起きたらこれまで受けてきた恩恵など全て忘れて批判だけするというのでは、現場で働き苦労して技術を磨いてきた人たちほど悲しい想いをすることになると思います。
原発についてなにからなにまで肯定的に考えるなんてことはできませんしすることもないと思いますが、なにからなにまで否定している人の主張もどうかと思います。
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