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稲垣三郎 (1870-1953)
(稲垣三郎イギリス駐在中、高楠順次郎の妻露子宛絵葉書)
陸士卒業後、秋山好古率いる騎兵第1大隊の配属となり
日清戦争に従軍。 明治32年、陸軍大学校を優等で卒業し、以降参謀への道えと進んだ。
1904年、日露戦争に満州軍参謀として従軍。
これに前後してイギリス駐在も数回にわたり務めた。
大正7年、浦塩派遣軍参謀としてシベリア出兵に出征。
現役を退いた後、日本体育会体操学校〔現日本体育大学〕校長、閑院宮別当を務めた。
【軍歴】(1886-1923)
◆明治19年8月−陸軍幼年学校入学
◆明治24年7月−陸軍士官学校卒業(2期)
◆明治25年3月21日−騎兵少尉・騎兵第1大隊付、大隊副官心得
◆明治27年10月7日−騎兵中尉
◆明治30年10月25日−騎兵大尉
◆明治32年12月−陸軍大学校卒業(13期、恩賜)・騎兵第1大隊中隊長
◆明治33年3月−参謀本部出仕
◆明治33年12月−参謀本部員
◆明治34年3月−兼閑院宮載仁親王附武官
◆明治35年3月−イギリス駐在
◆明治35年12月19日−騎兵少佐
◆明治37年4月−参謀本部付 (兼載仁親王付)
◆明治37年8月−満州軍参謀仰付
◆明治37年11月−参謀本部付 (イギリス差遣)
◆明治38年4月19日−騎兵中佐
◆明治39年2月−インド駐剳武官
◆明治42年4月−騎兵第1連隊長
◆明治43年12月23日−騎兵大佐・イギリス大使館付
◆大正5年4月1日−陸軍少将
◆大正6年1月−参謀本部付
◆大正6年8月6日−騎兵第1旅団長
◆大正7年8月−浦塩派遣軍参謀 (第1課長)
◆大正8年6月−浦塩派遣軍参謀長
◆大正8年7月25日−陸軍中将
◆大正9年7月−参謀本部付
◆大正9年9月−国際連盟陸軍代表
◆大正12年4月−参謀本部付
◆大正12年8月−待命
◆大正12年9月1日−予備役
◆大正13年4月−日本体操学校長 (〜1939年10月)
◆昭和3年7月−閑院宮別当 (〜1945年7月)
◆昭和8年4月1日−後備役
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