ここから本文です
日本文学・古美術・郷土史・・・ブログ「銀漢」(天の川)の続きです。

書庫全体表示

内藤中心

内藤中心(なかご)イメージ 1
  
(1740-1817)
 
内藤中心は、土佐藩士として高知に生まれた。
土佐藩に仕えていたが、天明年間の末(1780年代後半)
脱藩し、小田郡烏頭村(現在の美星町烏頭) に移り住んだ。
この地で30年間、歌学に励むかたわら、後進の指導に努め、門人の数は千人を超えたという。
歌風は万葉調を重んじ、これを普及した功績は大きく、
近世吉備歌壇史上特筆されるものがある。
文化14年(1817)の当地で没し、その墓所の碑文は
昌谷精渓よるものである。
生前桜と古刀を愛し、涯号を桜の舎といい、歌集『桜の屋集』は後に門人が編んだものである。
生涯の詠歌は実に4万を超えた。
 
 
 
tam*ru*7*910*50307
tam*ru*7*910*50307
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新のコメント最新のコメント

すべて表示

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事