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和歌山駅改札口で「沙也加」と記された旗を持ってる人を見かけた。
松田聖子の子供のことでもあるまいし・・・
後日調べてみたら 秀吉の朝鮮出兵の時、3000人もの兵を率いて渡った武将のことで、しかし儒教の国朝鮮に降伏し朝鮮兵として戦った人だったらしい。
当時朝鮮では 鉄砲の技術はなく沙也加はそれを彼らに教え戦局に影響を与えたという。
久しぶりで おいしかった
その後武功を重ね大臣相当の土地を賜り たくさんの子孫たちは今も始祖・沙也加を敬愛し そこで暮らしておられるのだそうだ。 沙也加の出世地は鉄砲集団”雑賀衆”として知られる和歌山市雑賀という有力な説があ
り、おそらくは韓国の沙也加の子孫たちとの交流の目印の旗(たしか、下端に雑賀と記されていた)を私は見かけたのだと思う。
一度雑賀崎に出向いていかなければ・・・
![]() ついでに
おいしかった
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この時代も
いろんな説が飛び交う〜おもしろいです
寿司!美味しそうですね!(^^)!
2019/8/26(月) 午前 8:38
おいしかったで〜す。。。
トトロさんにお土産として買ってくればよかったです。
「沙也加」は司馬さんの「街道をゆく」でも取り上げられていたようですね。
nhkオンデマンドでも映像見れます。
2019/8/27(火) 午前 8:25