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力強く、はっきりとした政浩の声。
その声を聞いて
「 知っておるなら、何故、その女をわしから奪おうとする? 」
と、尋ねる声がした。
「 わしは、臨津江の河の神 ぞ。神が選びし花嫁を、そなた奪うのか? 」
政浩は、呆れた口調の河の神の声に向かい、こくりと頷いた。
「 そなたがこの娘を奪えば、そなた、わしの怒りを受けることになるぞ? そなた、怖くはないのか? 」
「 神の・・・怒り・・・ 」
「 わしがこの指をほんの少し動かすだけで、河の水は激流となって溢れ、暴れ狂い、数多の村や町を水の下に隠す事も・・・多くの人々の命を一瞬にして水の下に奪い去る事も出来る。いや・・・そなたがその娘を奪えば、この国に疫病を蔓延させ、庶民はもとよりそなたの身内も・・・王の命を疫病で奪うてみせよう。それでもそなた・・・その娘をわしから奪うのか? 」
政浩は一瞬、たじろいだ。
神の力は偉大だ。
罪のない多くの人の命を、一瞬にして奪い去る事など、容易い事なのだろう・・・
しかし・・・
自分は長今を愛しているのだ・・・
愛する人を奪われる訳にはいかない・・・
それが・・・
例え
『 神 』
だとしても。
見えない神に向かい、政浩は自らの決意を告げようと、顔を動かし始めた時。
政浩の腕の中で、長今が、そっと右手を声に向かってかざすと、こう言った。
「 私・・・神の花嫁になります・・・ 」
と。
政浩は大きく目を見張ると、そのまま長今を抱きしめる手に力を込めた。
が・・・
「 私が神の花嫁にならない事で、罪のない多くの人々の命が奪われるのならば・・・多くの人々が悲しみの涙を溢す事になるのならば・・・。私は神の花嫁になりましょう。それで・・・みんなが幸せになるのならば・・・私の魂など惜しくはありません・・・ 」
「 いけない!! 長今さん 」
「 政浩様・・・私は・・・貴方様を愛しているから・・・愛する人を失いたくないから・・・ 」
それを聞いた政浩は、長今の体をそっと下ろすと、袖の中に手を突っ込んだ。
ごそごそと袖の中をさぐり、目当ての物を見つける。
政浩が・・・袖の中から取り出したのは・・・
一振りの短刀。
その鞘をそっとはらうと、
「 長今さん・・・多くの人々のために貴女の魂が連れ去られるというのなら、私も貴女と共に行きましょう・・・ 」
抜き身の短刀を、頚動脈に当てた。
「 いけません。政浩様・・・私のために・・・政浩様が命を失うなんて・・・やめて下さい!! 」
「 いいのです長今さん。貴女のいないこの世に、留まるつもりはありませんから・・・ 」
「 政浩様!! 」
政浩が頚動脈を掻き切ろうとしたその時。
「 そなた達の思い、しかと見届けた!! 」
神の声が辺りに響いた。
「 娘、そなたをわしの花嫁にするのは諦めよう。これほど深く結ばれた二人を・・・引き離す事は、わしには出来んからな 」
「 河の神様!! 」
政浩と長今は、同時に叫んでいた。
「 その代わり・・・そこな若者。そちがその娘を少しでも泣かせるような事あれば、わしはすぐにその娘の魂を連れ去って。わしの花嫁とする。その事・・・肝に銘じておくがいい 」
政浩と長今は、こくり・・・頷いていた。
>>> 続く
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