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京都市街の三条と四条の間の閑静な地域にある【革島医院】。
1935(昭和10)年竣工・ハーフティンバー様式のこの洋館は、登録有形文化財になっています。
円筒形の塔屋とツタの絡まる外観は、通りからもよく見えます。
設計は、近代建築を数多く手がけたあめりか屋の京都支店です。
あめりか屋は、創業者:橋口信助氏が米国から帰国後、米国式住宅の導入を目指し1909(明治42)年に東京・虎ノ門に開設した建築住宅会社です。
社名の「あめりか屋」は、彼の「日本が模範とすべきはアメリカの文明である」との信念からの命名だそうです。現在もその流れを汲む建設関連の会社は京都や福井県敦賀市にあるようです。
現在、隣接地に新しく医院が建っていますので、こちらは住居として使われているようです。
古い日本家屋の隣に、こんな素敵な洋館が突然あったりするから、京都は面白いですね。^^
※追記
「京都の洋館」(青幻社)によると、現在の院長は三代目。
初代が留学先のドイツで見た城郭がモデルだそう。
現在も向かって右の建物で診療を行っており、円筒部分は住居だそう。
診察室では初代がドイツから取り寄せた医療器具が現役で稼働中だそうです。
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レトロ医院
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信号待ちをしていて、向こう側に洋館発見。 しかも結構大型。早速行ってみました。 ちょっと教会のような、シンメトリーなファサード。 一階は店舗になっていました。 その横には、窓が連なっています。 アール窓と、絡みつくツタが美しいですね。 元は何なのかとヒントを探していたら、消えかけた看板を発見。 「大川内医院」と書いてあるのが、辛うじて読み取れました。 この窓の中は、元は待合室だったのでしょうか。 壁面は、生き生きしたツタでえらいことになっていました。 冬場でこれだと、この先はもっと茂りそうです。^^ 側面の窓は、細長いです。アカリとり用でしょうか。 一番隅に、別の入り口がありました。 一階は店舗で、二階部分にはお住まいになっているようです。 アール窓からの眺めは、どんな感じなんでしょうか。^^ |
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御堂筋から一本入ったオフィス街の真ん中にある、小さな渋いビルです。 コンクリートむき出しの前面と、スクラッチタイルの組み合わせが変わっていますね。 私は最初別のビルかと勘違いしていました。 大正末期か昭和初期(1925(昭和元)年ころ)の建築。鉄筋コンクリ−ト造り3階建てです。 最近まで南東入口に「ドクトル 板谷辰次」のプレートがあったようですが、見つかりませんでした。歯科医院も今は閉院しているようです。 この日は休日だったのですが、三階の窓が空いていて、電気が点いていました。 店かと思ったのですが入り口が閉まっていたので、住んでいる方がいらっしゃるようです。 この窓、昔のままのようですね。波打ってます。 あと、昭和初期以前のビルに欠かせない丸窓! 意匠が和風です。^^ |
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幹線道路から一本入ったビルの谷間。 なかなか味のあるお医者様を発見。 【栗田内科】とあります。 扉にも。 ブロック塀にも。 ありとあらゆるところに名前が書いてあります。 ・・・ちょっと多くないですか? あと、独特の植木鉢に植えられた、ちょっと変わった植木たち。
このお医者さん、只者ではないとみました。^^ |
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これは、長堀通沿いにある歯医者さんです。昭和初期の建築。 隣家にも「三山」とありますし、近所にも「三ッ山」と名のつく会社がありますので、古くからこのあたりにお住まいの一族なのかもしれません。 最初から歯医者さんとして使用されていたのかどうかわかりませんが、とにかく立派で細部の造りがとても凝っているビルです。 遠くからは四角いビルに見えますが、近寄ると柱も丸いし、装飾も丸いし、ビルの角さえカーブしていて、とても優美な印象です。 それを引き締めているのが、エッジの立った長方形の窓です。 さらに、良く見ると一階にはステンドグラスが! 明るいうちに内部に入って、あのステンドグラスを見てみたいです。
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