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資本主義も社会主義もどちらも同じ
多くの人のブログを拝見していて感じることは、よく理解出来ていないイデオロギー的な
発想による見解が多く見受けられます。
私見的には、ナンセンスそのものです。
私のブログの主旨、「イデオロギーに依らず生活実感の中から政治を考える」
資本主義の良い点もあれば悪い点もあります。社会主義も同様です。
前者は貧富の差を生み、後者は貧困の平等を生む、と言われています。
今日の社会を見る時、資本主義は多くの問題を抱えながらも発展し続けていますが
華々しく登場した、社会主義国はほとんど崩壊してしまいました。
中国のような社会主義・市場経済と言う訳のわからない国もありますが
経済の発展をしていること自体良いことですが、これは資本主義の根本である
市場経済を導入したからですが、政治体制だけは一党独裁です。
経済の自由化と同時に、結社、表現、信教の自由等も完全に保証されなければ、
時代と共にどう変わるのか懸念が残ります。
資本主義がなぜいけないのか、社会主義がなぜいけないのか。
私は、考え方、やり方はどちらでもいいと思っています。
問題なのはそれを運営する人間そのものなどだと考えています。
資本主義においては、自己の為の最大の努力と成果が得られますが、
一方社会全体からみれば、貧富を生み、格差社会になってしまいます。
一方社会主義は、努力が自らの為に報われることはなく、多くの人々は意欲を失い
発展が望めません。
いずれも体制も人間の欲.エゴに依るものであり、如何なる制度や体制を作ったところで
理想の様には行かないのです。
そう言う意味で、倫理や宗教と言うものが必要不可欠になってくるのでしょう。
いずれにしても、私は、自由で努力をすれば報われ、貧富を是正する様な社会が良いです。
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あなたの方の取り違いではなく、これまでの自称共産主義者がマルクスとそれ以前の「粗野な共産主義」との区別がついていなかった所為です。
彼らは、マルクスの理論を実践しているつもりで、マルクスによって批判された粗野な共産主義を実践した、その結果は、客観的情勢に規定されて、国家資本主義体制を生んだだけに終わった…これが実情です。
2010/3/14(日) 午後 2:25 [ 阿蘇地☆曳人 ]
豚の鼻さんこんにちは、
要するに、どちらでも満足,幸せに感じれれば良いと言うことです。
2010/3/14(日) 午後 4:28
阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)さん
私は、粗野な共産主義者でもマルキストでも無いので解かりません。
2010/3/14(日) 午後 4:30
いろいろな規則がありますが、一番大切なことは、
そこに生きている人の生活に潤いと生きがいがあることです。
良き日を。傑作★
2010/3/15(月) 午前 10:44
瑠璃さんこんにちは、生きている人の安心安全、幸せが基本ですね。体制そのものはどうでもいい事です。
2010/3/15(月) 午後 0:37
戦後の日本は、実は「官僚制社会主義国」だったのではないかと思います。通産主導の経済政策、社会福祉政策etc.etc.
ソ連も中共も北朝鮮も。単なる独裁国家でしかありません。共産主義を掲げる独裁者に乗っ取られただけだと思うのですが。
2010/3/17(水) 午後 1:47
kamometobuさんこんにちは、「官僚制社会主義」と言うのがあるのかどうか知りませんが、多分戦後の日本は社会主義の1つの形態だったんでしょうね。
2010/3/17(水) 午後 5:57
結局、権力を目指す人間の資質なんでしょうけど、そういうやつにろくなのはいないということです。欲の塊か、大金持ちかです。
民主党のツートップがまさしくこの構図ですね。
人間のすることに完璧なんてありえません。
2010/3/17(水) 午後 8:07
ヤボテンさんこんばんは、いいと思われる如何なる体制でも結局は人間の資質と言うことに尽きる様ですね。
2010/3/18(木) 午前 1:39
資本主義と社会主義の欠点を補いつつ、いいとこ取りしようとするのがベーシック・インカム構想ではないでしょうか?
2010/4/14(水) 午前 0:27 [ windsurfcafe ]
windsurfcafeさんこんばんは、ベーシックインカムの詳細はしりませんが、一種の最低保証をするということなんでしょうが、貧困との格差を考える時、固定化にはつながらないか、意欲を無くすのではないかと考えます。
家庭,家族を持ち子々孫々に繋がる将来への希望の為意欲を持てるような社会と、それでも失敗した時には再出発が可能なセイフティーネットが必要だと思います。
現行制度の中でも結構いろいろあるようですが、知らなかったり、積極的には教えなかったり、運用面で問題がある様に思います。
2010/4/14(水) 午前 0:51
本当の社会主義なら、再分配なんて必要ありません。
手持ちの資源でできないことは、他人に頼めばよい。それが出来ないから資源の奪い合いになり、社会秩序の安全保障上、負けた人間を放置できないから、再分配するしかない。
これを社会主義と云うなら、社会主義を含まない資本主義はない…といことになります。
僕に言わせれば、官僚機構による再分配ではなく、 ボランタリーな相互扶助によって、市場経済の弊害が緩和されているアメリカの方がはるかに社会主義的。
2010/4/14(水) 午前 8:54 [ 阿蘇地☆曳人 ]
阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)さんこんばんは、
意味が良く解りません。
2010/4/14(水) 午後 8:18
簡単なことです。これまで、日本はもちろん、ソ連や中国も社会主義だったことは、ただの一度もないということです。
資本・賃労働関係が生産関係の機軸であったのですから、本質的に資本主義だったのです。
ただし、国家の役割が異常に肥大化した国家資本主義です。
2010/4/14(水) 午後 11:20 [ 阿蘇地☆曳人 ]
阿蘇地☆曳人(あそち☆えいと)さん
若い時はいろんな議論をしましたが、今私は、資本主義でも社会主義ででも、イデオロギーにはほとんど興味がありません、どちらでもいいです。
暮らし,生活がどうなのかの視点から政治も考えています。
2010/4/23(金) 午後 2:02
お気持ちはよくわかりますが、それはそれでやはり一つのイデオロギーでしょう。だから、悪いというわけではありませんが。イデオロギーの中に科学的なものとそうでないものがあるだけです。最悪なのは、自分だけはイデオロギーと無縁でいられると錯覚することです。
2010/4/23(金) 午後 7:57 [ 阿蘇地☆曳人 ]
私は経験で言っています。
それを仮にイデオロギーと定義はしてもいいけれど、こうでなければならないとか、どうでなければならない、アダムスミスでもマルクス、エンゲルスやケインズでも
社会主義だとか資本主義だとかの定義などどうでもいいのです。現実の生活がどうなのかその視点だけです。それもイデオロギーと貴方が言うのならそれでいい。
2010/4/23(金) 午後 8:56
それほど深刻な対立があなたとの間にあるとは思えないのですが。
アダムスミスでもマルクス、エンゲルスやケインズでも現実の生活をし、経験から考えていると思うのです。
"それは彼らの生活だから、私に関係ない”ということなのでしょうか?
それはそれで一理あると思いますが、僕は逆に、彼らと僕らの生活には共通点があり、その範囲内では、彼らの経験からの発言も参考になると思っています。
それではダメですか?
2010/4/25(日) 午前 3:10 [ 阿蘇地☆曳人 ]
アダムスミスもマルクス、ケインズも時代を経て自らの知識と経験により自らの主義主張を展開していったのでしょうが、しかし現実はこれでいいと言うものはありません。
結局、これでいいと言うものは私は知りません、そんなことは偉い学者さんに任せします。
時にはアダムスミスでもマルクスでもケインズでもそのミックスでも、暮らしと生活が良くなれば何でもいいのです。
答えの出ない論理(イデオロギー)に拘らないと言っているのです。
貴方がイデオロギーがお好きならそれで一向にかまいません。私はとやかく言うつもりはありません、それこそ自由です。
2010/4/25(日) 午後 8:41
どっちがどう(悪いとよいとか)ということではないのですが、やっぱりイデオロギーの定義に違いがあるようです。
僕の場合、イデオロギーは、ある人間の生活様式に規定されたその人の意識です。
勿論、スミスだ、マルクスだ、ケインズだといった人たちのイデオロギーが、我々の現実とどんな関係にあるかは、我々の現実に照らして判断されなければなりません。
その上で、つまり、われわれ自身の生活と経験から、マルクスについて語っています。
ですから、生活と経験から語るという点では、あなたと何ら違いがありません。
2010/4/26(月) 午前 3:01 [ 阿蘇地☆曳人 ]