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夕方のニュース番組を見ていた。
国会の内・外では戦争法案(集団的自衛権関連法案)に対する攻防が頂点に達しようとしている。
そんな中、六十後半の女性が手製のプラカードを持ってどのセクトにも属さず一人で、戦争に反対、法案に反対を街頭で訴えていた。 何者?と思ったが産婦人科医らしいが、元々は八十代の母親がこの法案が出てから、いてもたっても居られなく、一人で街頭演説を始めたらしいが、脳こうそくで倒れ、その志を継いでやっているらしい。
母親は老いさらばえた身で、かつての戦争の記憶からか、ジッとしていられなくなり、一人で戦争法案に反対する街頭活動をしてきたようだが、その姿をみていると涙が出そうになった。
街頭活動する八十代の老婆に詰め寄って来る人も居る。
「他国が攻めて来たらどうするんだ? 黙って殺されるのか?」
自分の物でもないのに「日本から出て行け!」と言うおっさん
それでもひるまず一人で訴え続ける力はどこから来るのか。
国会周辺でも近年になく大規模なデモになって来た、これほどの重要な法案だ無関心より、ハッキリと態度で示すべきだと思う。これも一つの主権者の意思表示だと思うが、幟や腕章、プラカードを持って組織化された団体には少し違和感がある、気が付けば誰かに利用されているのではないかと言う疑念が湧いてくるので、私はあまり好きではない。
しかし、この親子は本当に凄い、賛否はともかく、大きなグループに入るのではなく、自らの意志と思いを直接訴えて行く中々出来ない、私にそんな気概があれば大物になっていただろうが、私にはそんな根性が無かった。
幾つになっても言うべき時は言う、気概が無ければだめだと感じ入った。
平和と中流になれた日本人、もはや物申す気概は無いかと思っていたがそうではなかった、いざと言う時日本人は考え行動する気概は捨てていなかった様だ。
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ヨーロッパで衝撃をもって報じられた、海岸に漂着したシリア難民の男児遺体の姿、ほんとうに小さないたいけな姿が悲しい。
老いぼれかけてきた無力の凡人には知る由もないが、今中東・ヨーロッパでは何が起こっているのか?
大戦前夜の様な重く苦しい雰囲気を感じる。
時を同じくして日本国内では戦争法案成立と反対のせめぎ合いの真っ只中だ。
守ってくれるべき国家が無くなった時、そこにいた人々はどうなるのか?
彼の地へ逃れても差別と迫害が待っている、気持ちよく受け入れてくれるとは限らない。
それでも国を捨て文字通り命賭けの脱出、手をこまねいてみていた、英・仏はシリアにドローンよる空爆を行ったとか。流浪の民となった難民の人たちが無事安住の地にたどり着けることを願うが、この出来事は世界から9条に平和をもたらす力があるのかと、問われている気がする。
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昨日、母親が特別養護老人ホームへ入所した。
老健から直接午前中に家移り、私は午後から長男に手伝ってもらい、
荷物の搬送と後始末。
八尾市の東側、信貴山の山裾、緑が近くでいい、西側は八尾市内の街並が一望に望める、良いところだ。
部屋は希望通りの個室、バスは無いが洗面台・車いすで入れるトイレ、大・小のタンス、開けられないがベランダがあり、部屋の広さは8畳〜10畳ぐらいのワンルームと言ったところだろうか。
手伝ってくれた長男が「俺のところのベッドルームより広い」
前にいた所は老・健、医療施設、今度は特養・老人ホーム、これからの余生を過ごす生活の場だ、しばらく環境が変わって慣れるまで大変な面も
あるだろうが、本人の希望も叶い以前より快適に過ごしていけろだろうし、私の肩の荷も一つ降りた感じでホッと安心した。
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オリンピックのエンブレム全然似て無い「似てると言えば似てる」そんなこと言いだせばきりがない。
私は今回の騒動、真偽の程などどうでもいい、関心も無い。
しかし、一連の報道をずっーとみて来て、気に入らないのはその報道の在り方、まるで犯人探しだ。何が何でもこのエンブレムにケチをつけよう、
粗を探そうそんな事ばかりの報道、「贔屓の引き倒し」決まった以上何事もみんなで盛り上げたい自国開催、それがこのありさま。
なんでもいいとは言わないが、少しぐらいかばう奴はおらんのか!
余談だが、似てるなー 他国の肩を持ち自国や自国政府を非難する自国民、あんたたちの同胞ではないのか、非難する自分たちにも、同じ責任があるのではないのか?
死んだ父親から聞いたことがある、日本が戦争に負け捕虜になり、シベリアに抑留された時も、同じ日本人でありながら、ソ連のスパイとなり日本人を売った人間もいたようだ。
そんなに自分たちの血肉を分けた日本人(同胞)は悪いのか、こんな日本人は私は大嫌いだ、偽善者だたとえ多少非があったとしてもかばってやる者は居ないのか。
中国・韓国との歴史認識、数年前から少し近代史を勉強しているが、彼らが言う事はそんなに正しいのか?
余り善人ぶってもいざとなったら世界中で助けてくれるのは同じ日本人(日本政府)だけじゃーないのか。
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お盆休み、あちこちに申し込んでいた特養の一つから入所の連絡があった!
これでホッとした。
今のところは老健、昨年は年初から、肺炎→骨折→老健→結核(隔離病院へ)→老健へ、そして現在に至る
今年の春頃から老健での見極めが終り、次のステップに入った。
自力での歩行が不可能となった以上、自宅での介護(生活)は、本人より介護をする側(私)が大変困難な状況だ
もはや特養を申し込む以外に無いと考えたが、どこも多くの入所希望者が居るようで、簡単に7入れるとはとても思われなかったが、とにかく申し込まなければと思い、お盆休みに2日かけて7カ所申し込んだ、後数カ所申し込む予定だった。何とか、特養が決まるまで、粘ってココ(老健)に置いてもらわなければとか、色々一人で思い悩んでいた。
一か所づつ特養に電話を入れ、入所申し込みをしたい旨を伝え担当者の都合を聞きアポをとって出かけて行った。始めは一番近いところへ「何時でも結構です、預かって担当者に渡しておきます」 持って行ったがこんなんでは見込み無いなーと実感。
始めは数カ所絞って申し込もうと思ったが、これではダメだと思い、出来るだけ多く申し込むことにした。
いまの老健のケアマネが、「どこに申し込まれたか後で教えてください」と言われた。 何か意味があるのか? そんなことをフッと思った。 今はこの施設に置いてもらっているがいつまでも居れる施設ではないので、次の特養などの申し込みを真剣に考えているのか、などをみているのかと思ったりもしたが、結果的にその意味が何となく判った。
そして、これからがお盆休みに集中して申し込んだ施設だ、始めに行ったところは古い特養で、担当者から色々な事や現在の入所状況などの説明を受け、施設内を案内してくれた。
親切丁寧に対応してくれた、こんなところもあるんだー やっぱり数当たらないとダメだなー と実感!
その後も回った、ただ書類を受け取っただけのところから、施設内を案内してくれたところも他にもあった、そして今の状況を聞取り、老健へ面接に行くと言ってくれたのが今回入所出来た施設だ。
面接にくると言う事がどういう意味なのか、にわかに判らなかったが、近い将来の入所を前提とした適性などを見極める為の面接のようだった。
どこの施設も多くの人たちが順番待ちをしているようだが、現実には一人で複数個所申し込んでいるようだし、施設によっては、その時のタイミングですぐに入所できるところもあるようだ、男女でも入り易さは差があるようだ
、施設内を見学させてもらって思ったことは、男性より女性の方が長命で入所も多い、従って入るのも男性より女性の方が入り易いようだ。
昨年から母親がこんなことになり、高齢化社会の現状と介護事情の実情を体感し自分たちの置かれている現実を実感した。
昨日もテレビで報じられていたが、今や日本も6人に一人が貧困者だとか、高齢になると5人に一人が貧困者だそうである。核家族で近くに看てくれる者や、みるべき資産も無く、歳をとって突然病気にでもなったら自立した生活がたちまちできなくなってしまう。
正直、金の有る無しも関係あるが、老いて行く事、歳をとることへ、色んな意味で覚悟の様なものをしなければならないと思っている。
なにわともあれ、整った生活環境の中で天寿を全うできることはこの上ない幸せな事であると、喜ばなければならない。 介護関係者各位、国の制度など様々な事に感謝です。
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