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ジャパン.パッシング
恥ずかしながら最近知った言葉「ジャパン.パ(ハに丸)ッシング」
昔は(ハに点点)バッシングだったが、今は(ハに丸)のパッシングが進んでいるらしい。
グローバル化の中で世界(米国)のニーズに応えられなければ通り過ぎて行くことを言うらしい。
世界第二位の地位は知らぬ間に、経済,金融,教育あらゆる面で二流国と太田財政担当大臣は言い放つ。
この間我々(国民)はいったい何をしたのでしょう?
身の覚えがありません。
win-winと称し、ハゲタカ,ファンドが日本を席捲し、改革をしなければ「ジャパン.パッシング」で
おいてけぼり。
企業は、先頃のマクドの店長のようにサービス残業を強いり、従業員を酷使(搾取)して生き残り
製造業は国際競争力の為と言って、自国を見限り国境を越え生産拠点を海外に移し国内は空洞化
国は内需拡大と言って不要な公共事業を行って膨大な財政赤字の付けを国民に押し付け
今また、道路は作り続けると言っている、原油や食糧までもが投機対象として価格が高騰し
結局は消費者から搾りとるようなことをし、これでは国民は疲弊していくばかりである。
グローバル社会の中で経済原理だけが優先し物事が判断され、
国は存在するのか、国民は存在するのか、最近よく解らなくなってきた。
はたしてWin-Winと言う関係が成立するのか、それをしなければ世界の中で日本は生き残っていけないのか、今の私の知識では理解できない。
誰か教えてください。?
Win-Winは、
すべての関係において常に相互の利益を求める心と精神のことであり、お互いに満足できる合意や解決策を打ち出すことである。Win-Winによって得た解決策では、すべての当事者が心から納得しており、合意した行動計画を実行しようと決心している。Win-Winは、人生を競争ではなく、協力する舞台とみるパラダイムである。
しかし、ほとんどの人は人生を、強いか弱いか、厳しいか甘いか、勝つか負けるか、食うか食われるかといった具合に、「二分法」で考えがちである。私はこの考え方には、基本的に欠陥があると思う。それは原則ではなく、力関係や地位などに基づいているからだ。Win-Winの考え方は、全員を満足させるに十分な結果があるはずだ、というパラダイムに基づいている。ある人の成功は、他人の成功を犠牲にしなくても達成できる、という考え方である。
Win-Winとは、当初それぞれの当事者が持っていた案ではなく、全く新しい第三案の存在を信じることであり、相手や自分の考え方に限定される必要はなく、より良い方法があるはずだと確信することである。
コヴィー 「7つの習慣」 キング・ベアー社 より
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