セイジの暮らし

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ネパール人が死んだ(殺された)!
 
そでにご存じでしょうが、もう一月ぐらい前でしょうか、深夜、阿倍野区で無抵抗のネパール人が日本人の若い者4人組になぶり殺し、結局、財布まで盗んでいて強盗殺人
 
最近、殺されたネパール人の特集をテレビで観ました。天王寺区でネパール料理店を最近オープンし、店も順調だったそうです。
 
実話、天王寺の露天商の中にも一人ネパール人がいます、事件を知ったその時も
ひょっとして彼の知り合いかもしれないと直感しましたが、やっぱりそうだったようです。
以前、その店に美味しいからと誘われたことがあったのですが結局行けずじまいでした。
 
彼は、6人兄弟の長男、30歳位まで地元で山岳ガイドしていて、日本人と知り合ったのが、きっかけで日本に来たそうです。
実家も取材で撮影していましたが決して裕福ではありませんが、真面目で親思い、兄弟の面倒見もよく、仕送りをして家計を支えていたそうです。
 
ご両親は未だに息子の死んだことを受け止められず、日々悲しみに暮れているそうです。
 
彼は、絶対に日本人とはもめない、喧嘩はしないと日頃から言っていたそうで、
無抵抗の彼に、したい放題の日本人の若い奴ら、抵抗をしていればこんな事にはならなかったのかもしれませんが、異国の地で肩をすぼめ、倹しく生きる無抵抗の者に、かさにかかってやりたい放題、あまりにも程度の悪い日本人。
 
はじめは記事にする気もありませんでしたが、一月経ってご両親や彼の無念さを思うと日本人としてあまりにも情けない気持ちでいっぱいです。
 
こんな社会を許してはいけない、こんな日本であってはいけないと痛感しました。
 
私がよく行く天王寺の露天の知り合いのところに時々、ネパール人の人たちも来ていましたからひょっとしたら彼にも会っていたかもしれません。

多死社会 !

多死社会 !
 
無学な私が始めて知った言葉、「多死社会」NHKクローズアップ現代で数日前にやってました。
 
「多死社会」どこかでバタバタと人が死んでいくのか ?
ちょっと衝撃的な言葉ですが、よくよく考えてみると、人間は寿命が来れば必ず死ぬのですから、高齢化社会の後に来る社会の事を言うそうで、ウキペディアでも書いてありました。
 
そのピークが2038年今から26年後、
「待てよ」私が82歳、親父が死んだのが85歳、多死社会の主役の歳だ! ハァー
 
以前、新聞広告欄である雑誌の広告のタイトルに目が止まった。
ハッキリと思い出せない(物忘れか、認知症か)が、70歳以上は死刑と言うようなタイトルだった。著者は女性、当然内容はよく判らないが、死ぬ時期が判っているのだからそれまでは、しっかり生きようみたいな、感じだったように思う。
 
もはや死についてタブー視は出来ない時代。
 
さて多死社会が来れば、いっきり言って病院で死ぬのこと出来なくなる。病院も死ぬ患者でいっぱいとなり順番待ち、と言う訳にも行かない。基本在宅で普通に死を迎えることになる。
悲しみを堪えて、介護・看病をすると言うより、臨死までどう過ごさせてあげるか、
苦痛は? 不安は?  病院で痛み止めのモルヒネ系統のクスリを処方されていた人が、家に帰ってからはクスリを飲まずに過ごせたと言う。
 
ソロソロ漠然とでも死に方を考えなければならない時期が来たようだ。
私は一人でいい、出来れば苦痛なく、自力があれば自殺も考えている、醜いのも、痛いのも嫌だが、何かいい方法は ?  餓死、凍死、水死 ???  生き埋めの即身仏は・・・
樹木の根本で、屍から芽が出でて花が咲く、そんな死に方もいい。
 
前から考えてはいたが、身の処し方、多死社会を迎え、どうみとり、自らもどう逝くのか
考えなければならない時代が来たようです。

冬 空

冬 空 
 
先週土曜日は皆既月食、冷淡で情もなさけもない透明で澄み切った夜でした。
 
以前紹介した、自称演歌歌手と飲む約束をした、最近大変親しくなった会社の人を誘い出かけて行った。
その会社の人は夜ご飯を取りに来る時、お互いに歴史好きでフッとした切っ掛けで親しくなり時々飲みに行く。
 
今回は、自称演歌歌手の誘いで普通の人は絶対に行かない。 店のお客も普通の人ですが労働者の街、土地柄他所から人が来る事がほとんどない萩之茶屋のホルモン屋さん、美味しかっ安かった。 
 
この辺の店じまいは早い、8時30分 そして夜明けと共に活気づく労働者の街。 次はカラオケスナック風、相手は中国人女性、値段書きはあるから別にぼったくられる心配はない。
隣の両手の小指が無い労働者のオッサンが人懐っこく親しげに話しかけてくる、他愛もない話しだ。
 
店を出て帰り道、道端で、ホルモン鉄板の焼き屋ある昔から知っていたが、食べるのは初めてだ。4〜5人の男達がたかっている、私はレバー三切れ100円、他の者はホルモン(シマチョか?)二度付け禁止と書いてある。 これも美味かった、これだとビール結構飲めそうだ。
 
そして最後は新世界の自称演歌歌手の店(スナック)へ、そこでたまたまだくわした不義理の奴とひともんちゃく、折角の楽しい酒がだいなしだ。
 
酔いさまし兼ねて、新世界を抜け、動物園の上の歩道市立美術館を正面に観て、天王寺公園帰って行った。
途中、動物園の歩道の上でルミライトに変わった通天閣を観ていたら、空に向かってカメラを向けている夫婦らしき人と一緒に夜空を見上げしばし談笑、時間は丁度11時30分頃だった。
 
私は冬の夜が大嫌い、透き通る空気は冷淡で温もりを感じない。
 
こんな夜はやっぱりヒレ酒が一番だ。
 
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日本人の戦争

日本人の戦争
 
ここ数年、見続けてきた「NHK証言記録」 兵士たち戦争」に続き、今回は日本人の戦争。
 
今は年老いた兵士たち、誰もが涙を流さずには語る事の出来ない戦争体験。
今、普通に平和な暮らしをしている我々にとって、経験したもので無いと実感できない、地獄の様な戦場、鬼畜の様になる人々。
 
兵士たちはもとより、いわゆる、銃後の人々、社会にとっても過酷な時代だった。
 
山間の小さな村、町に出て行くのに、谷に掛かる橋を渡っていく、戦争当時もココから数百人者若者を送り出し、戦後無事に橋を戻って生還した者はほんのわずかだったとか。
 
これらの人々は、すべて国に命じられるまま、お国の為に命を散らして言った。生きていればその人々の人生はどうだったのか、残された人々の人生はどうだったのか、考えさせられる。
 
語る元兵士の老人たちも、自分だけが生き残ったと言う、呵責に苛まれ、その後の人生を送ってきた。
 
どうして戦争は起こるのか、一度起こればどれ程の犠牲を生むのか、このような戦争体験から我々はもとより、為政者は知らなければならない。
 
戦争を決して、肯定は出来ない、 しかしその時々の時代で争い事が起こる事を否定も出来ない。 戦争の惨さを知った上でそれでも尚仕方のない戦争があるのか熟慮しなければならないと感じる。
 
今まさに、あの時代と同じ様な気がする。
 
冷戦終結、台頭してきた新興国、そして絶対的存在の超大国米国の衰退、世界の行く先はなんだか混沌して来た。
米国、中国との新覇権主義的な争いの中で、日本やアジア諸国はこれからどうなっていくのだろう。 閉塞した時代で戦争待望論もあるのかもしれないが、年老いて行く自分にではなく、後に続く子々孫々の為にも戦争だけは絶対に御免だ。
 
大判.小判がザックザック ?
 
東日本大震災で、津波で流された5700個もの金庫が警察に届けられ、23億円近い現金が持ち主に返されたことに欧米のメディアが驚いています。
 
 
数日前の記事で面白いものがありました。
「東日本大震災で、津波で流された5700個もの金庫が警察に届けられ、23億円近い現金が持ち主に返されたことに欧米のメディアが驚いています。」
災害などが起これば略奪などは外国では当たり前、それが東日本大震災直後の日本人の対応の時と同様に今回も欧米諸国は驚きを持って報じています。
持ち主に品物(金)を返すのは当然のことだから返ってきたと言う単純な問題ではないと思う。
これが東京、大阪だったらどうだったか、多少の不安(疑問)は残ります。
火事場泥棒、人の難儀につけこんで、悪事を働くなんぞは、人非人(人道に外れた行いをする者。ひとでなし)のすることで、まともな人間のすることではない。
当然のことだが、そう言う文化が日本にはある。
それはやはり日本の伝統的な社会構造である「村社会」による人間関係で繋がっている社会だからである、立身出世、成功して錦を飾れれば良いが、失敗や悪事でも働こうものなら「どこ、どこの、だれ、だれが、なに、なにを、した」うわさはたちまち広がり、村には居られなくなる。
これが人間関係が希薄になってきている、東京や大阪などの都会でも同じかどうかは疑問なところもある。
 
このような村社会が、今回のように外国から驚きを持って報じられるように、犯罪の抑止力になっているのも事実だ。
ただ戦中は、このような村社会の中で、臆病なことをすれば残された家族が生きていけないと、お国の為にと多くの人々が、拒否することも出来ず、降伏することも出来ず、死んでいった。
戦後、個人の考え方、生き方が重要視される、個人主義台頭によりそのようなしがらみは薄れてきたかわりに、今日的な貧困と格差や理由なき犯罪などが多発してきているのは、やはり人と人の関係、コミニティーの崩壊によるものが大きいと思う。
昨年来よりテーマとしてきたコミニティー(人間関係の再構築)言いかえれば絆の様なもの、戦前のような言いたいことも言えない社会では無く、他を思いやる社会の再構築、すなわち個人を尊重しながらも他とも関わりを持つ新しい社会の在りようが求められているように思う。
 
数ヶ月前に、ブログ記事にするべく取って置いた新聞記事がある
かつてセゾングループの総帥、ペンネーム辻井 喬で作家でもある堤 清二
彼は戦後親への反発からか学生運動に身を投じていた、結局は縷々述べたような村社会への反発からだが、今回の震災での被災者や被災地の対応を見て公共への
思い、日本人の持つ誇るべき美徳であり再認識させられたと言っている。
まさに同感であり、昨年来よりブログのテーマに合致する。
そんな点から今回の事を見ればよく理解できる、今後は世界の人々も羨むような日本のコミニティーの持つ良い面を発展させて行けたらと願う。

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