セイジの暮らし

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パンドラの箱とパラドックス
 
ほとんど毎日、震災の報道わ観ている。
 
東電広報による記者会見、説明の態度にはちょっと腹立たしく感じているのは私だけでしょうか。
早口で、まるで他人事の様に応える、重大な責任を負っているという緊張感が伝わってこない。
 
ただこれほどまでに事細かく報道する必要があるのかと感じる、専門的なことなど我々には判らない、安全なのかどうなのかだけは知りたい、事細かく理解できない者に説明,開示することで
かえって、予断と予見を与え疑心暗鬼に陥らしているのではないのか?
それもこれも、政府、東電に信用が無いからだろうか。
 
もう一つ気になることは、それは我々自身が選択しなければならない問題を提起している。
 
原発の恐怖と計画停電の不便さ、まさに二律背反
 
原発の恐怖を感じながらも、快適な生活環境は手放せない。
 
ここにきて、政府、管政権の危機対応能力の無さを感じている。
政治主導を掲げるあまり、裏舞台では、関係機関に対し当り散らしているらしく、かえって専門家の適切な助言とアドバイスによる適切な対応が出来ていないようだ。
 
まるで原稿棒読みのような枝野の記者会見は何ですか。
原発の風評被害や、いまや全国各地から集まる支援物資、しかし肝心な被災者のところには届かない、これらはすべて政府の不手際と言わなければならない、
弁護士でディベートには強いのかもしれないが、物事を的確に進めて行く判断力と指導力などまったく感じない。
 
全国各地から集まる善意の支援物資、普段こんな社会と嘆いている私ですが、
いざとなれば、「弱きを助け強気を挫く」やっぱり日本人は素晴らしい。
 
次男も被災地へ派遣されるとか言ってました、うちの関係会社も青森経由で支援物資の輸送をしました。 
いろんな人のことを紹介されているテレビ観て感動している、私自身は何も出来ないけれど
二人の娘たちは、節電や節約などほとんど気にもかけていませんでしたが、経費削減の意味もあり、前から考えていた、電気のスイッチのところへ「節電」のシールを数日前に貼りました。
 
全国から寄せられる善意の支援物資や被災された人たちが助け合う姿をみて、
どんな状況になろうとも、「希望」だけは残っていると感じた。

大地震に思う!

大地震に思う!
 
東日本大震災の起こった日、仕事を終え、ちょっと休憩の昼寝をしたいた時、3時15分頃、つけたままのテレビで映し出された映像、リアルタイム,画面の隅にライブとの表示、目を疑いたくなるような驚愕の光景。 それ以来、テレビにずっと釘付けです。
 
要らぬコメントなどする気はありません。 
ただ迷彩服の自衛隊員が瓦礫の中に展開し捜索する姿を観て、頼もしく胸が熱くなった、
レスキュー隊、警察官の諸氏対しても同様だ。
 
未曽有の大災害の中でも、略奪行為も無く、お互いを思いやり助け合う、如何なる時でも、我らの同胞であり日本人です。
 
支援の輪も広がってきており、今回の対応について、行政や政府に対し批判をする気などサラサラない、このような国難の時こそ、国民みなが、不満が有ろうとも一致協力し、被災された同胞に心をいたすべきです。
 
一日も早い復興を願うばかりです。
復讐するは我にあり !
 
先頃、死刑に対する問題提起として刑場が公開された。
ちょっと落選した法相の恣意的な印象もある。
しかし、この際議論の俎上の上げることも悪いことではないかもしれない。
今の日本80%ぐらいの人たちが死刑制度を支持しているが、この刑場の公開で世論はどう動くのか、動かないのか。
しかし、死刑制度を維持する以上確固とした理由は必要な気がする。
 
私は現時点で容認派です。
 
刑場の公開で人を葬ることの残忍さなんとも言えない嫌悪感、そして人権の点からも死刑制度に対する疑問反対をされる方もいる。
 
執行される当日、独房に足音が響き、自分の前で止まるか止まらないか、死刑囚にとっては
狂気する一瞬だろうか。
暴れ狂者、正気を失い者もいるだろう。 考えてみれば実に残忍なことかもしれない。
しかし、何も罪も無い者を非情にも命を奪うのではない、少なからず大半が自分のエゴ欲求で
他人を傷付け、何の罪も無い複数の人の命を非常にも奪った。
人の命は有限であり、どんな形であれ、やがては終えていく、だからこそ尊いし、ましてや他人の命を奪うことなど決して許されない。 
その罪をどう購うのか、自らの命で購わなければならないことが在ったとしても、私は容認する。
 
しかし、ホッと疑問が湧いてくる。
死刑という形で命を奪うことが在ったとしても、嫌悪感や人権からではない、大半の死刑囚に対しそれに値する罪を犯しているのだから、同情などする気はサラサラない。
 
冤罪の問題もあるが、だからと言って死刑制度の廃止の理由にはならないと考えている
むしろ冤罪が起こらないように、「疑はしきは被告の利益」を徹底するべきだ。
 
私の最後の残った疑問、果たして人が人を罰(死刑)することができるのかという点です。
 
その時に浮かんできたのが「復讐するは我にあり」と言う言葉です。
昔、緒方 拳主演の映画を観た時に、解説で言葉の意味を知った。
 
仏教でも、戒めとして、阿鼻叫喚地獄が説かれている。
この阿鼻叫喚地獄の責苦は死刑などの非ではない、死んでから現世の罪で阿鼻叫喚地獄に
落ちるとしたら、なんと恐ろしいことだろう。
死刑制度ではなく、それこそが人が罪を犯す抑止力とならなければならない。
 
もっと、小さい時から倫理観を教え教育しなければ、倫理観の無い社会に在って死刑制度が
在ったとしても、必ずしも犯罪の抑止力にはならない様な気がする。
 
在る方の死刑制度を取り上げた記事をみて、本来この種の問題は書かないのですが
容認派ではありながら、死刑制度に違う視点から、問題を提起したい。

この間

この間
 
今日いよいよ中国へ行きますが、この間、知り合いの露天商の商材の裂きイカの袋付けを請け負っていたので直前の今夜も内職していて少々疲れ気味です。
 
吉野のサクラ見物相手の商売です。
中国から帰ってきたら行ってみようかと、一目千本、
昨年はサクラの無い季節でしたが、吉水神社の宮司さんにお会いしました。
 
・新党もどうも盛り上がりに欠けるようです、帰ってきたらどうっているか。
・子供手当、高校の無償化、これも色々問題があるようです。
・そして毒入り餃子の犯人逮捕で、社会主義市場経済を賛美する人もいますが
知られざる中国国内の実態が知れました。
 
今日の午後、通訳とガイドをお願いしている方と、電話で初めて打ち合わせ、
メールと同じように好印象を持ちました。
中国の国家体制は好きではありませんが、中国の人には、何の恨みもありません。
むしろ、終戦後残留孤児を育ててもらったり、悠久の歴史を持つ国であり、古来より多くを学び
三国志をはじめ、歴史好きの私にとっては、ロマンがいっぱいの国です。
 
現代はともかく、予断を持たずに始めての訪中体験してきたいと思います。
 
それでは行ってきます。

君こそ真の国士です

君こそ真の国士です
 
昨日、佐賀県唐津市で、海に落ちた弟を助けようと、10歳の兄が海に飛び込みどちらも重体
だったようですが、助けに飛び込んだ兄は搬送先の病院で亡くなり、弟は意識を回復したとか。
 
ニュースで聞いた時は、どちらも助かって欲しいと願ったが、兄が亡くなったとのことで
大変残念で、想えば涙が溢れてきます。
 
よくぞ、弟を助けに行ってやった、立派な兄です。
 
幼いながら、勇気があり、成長すればきっと、正義を兼ね備えた国士となったでしょう。
 
二人とも助けてやればいいのにと、神仏の仕業ではないにせよ、誰かに言いたくなる。
 
残された弟は、重い十字架を背負うのではなく、そこまでしてくれた兄の分まで
背一杯、世の中の為になる、国士無双の人間になってもらいたいと願います。
 

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