今年を振り返る
今年もあますところ今日一日になりました、振り返ればやはり母親の介護の事が大きなウエイトをしめた、生活や思考がそっちの方へ行く。
一月に肺炎、三月に転倒・骨折、退院後、老健へ、夏には結核の発症、十月には再び元の老健へ、身の回りの世話、行政への手続き、今は仕事の方も暇だから時間的な余裕はあったが、心身ともに疲れる。
しかし、昨今の孤独死や老老介護など老人を取り巻く社会事情から同じような問題を抱えている人は沢山居るが、上手く行政の制度を活用しながら何とかやって来た。これからも積極的に行政の制度を利用して乗り切っていかなければ仕方ないが、それもこれもやはり家族の積極的な関わり方が重要であることを痛感した。
今は、かつての家父長主義(家族主義)の様な意識は薄れ、それぞれが自立して生きる、家族であっても個人主義、社会自体がそんな風潮だが、家族が助け合い、隣人が助け合い、国民同士が助け合う、そんな社会や
国家である事が必要ではないかと考えている。
それが国家主義なのかどうか判らないが、個人が優先し過ぎても、個々がバラバラで、世間で何が起ころうが
国家がどうなっていようが、お構いなしになっているようで、そんなんでいいのだろうか?
今や日本の格差は見過ごせなくなっている、そのことを実感していない人たちは、幸せと言うべきかもしれないが、そのな境遇にある者が増えることは社会として、安心安全な社会とは言えない、何の罪とがもない人でも、思わぬ犯罪に巻き込まれたり、中には命を落としたり、世の中が悪くなったと嘆くより、そんな今の社会に対し関心を持っていかなければならないと思う。
原発や集団的自衛権など将来に渡る重要な問題が山積しているが、今日を食えない、生きれない、将来に希望が持てない者たちにとって無関係だ、今を今日を生きることが最大の関心事である。
今日本の中には、将来を憂う人たちと、今を憂う人たちが混在し、なんだかバラバラな気がする
そんなことを考えさせられた一年でした。
昨日は細やかながら手作りの正月飾りと新しい衣服を母親のところへ長女と持って行った、喜んでは居たが
「どうや、こうや」感謝よりも自分の事ばかり話す、それを聞く私は疲れ話さなくなる、そしてまた「話しもせん」と介護士相手に愚痴話している、それを聞く度に、情けなさと腹立たしさが湧いてくる、そんなことの繰り返しの一年だった、何はともあれ今年も終わろうとしている、出来れば来る年が良い年であります様にと思いつつ、
どうなって行くのか判らないが、日々何とか過ごしていけたらと願う。
みなさん一年ありがとうございました、みなさんに幸多い年でありますようにと
願いつつ、来年もよろしくお願いいたします。
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