セイジの暮らし

これからの人生どう生きるのか、何が起こってくるのか

理念

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ここのところ毎日35度以上の日が続いているがほんとに暑い
い日が続くと段々体力が失われていくことを実感する。

そして、もう一つ暑いこの時期決して忘れてはならない、先の大戦の記憶だ。今日はNHKで広島への原爆投下のドキュメントが放送されていた。

十年以上前から、戦争の記憶、兵士たちの証言など色々見聞きしてきたが、存命の元兵士たちも少なくなり、一般国民の被ばくや戦争体験が多くなってきた、色々知りたいと言う欲求より、年々この種の映像、証言を
聞くのが辛くなって来た。

未だに過去の戦争責任に対する歴史認識が外交問題として消えない現実と、それ以上に多くの日本人が死んで行ったという事実。
ヤッパリそのことを知り考えなければならない、歴史を知らずとも何も考えずとも、平和で幸福な時が当然の様にやって来ると言う事はない、と言う事を知らなければ、考えなければならない。

いつもこの時期そんなことを考えさせられている!

映像の世紀(japan)


NEXT 献花のその先に

いまだに花が絶えない河川敷、他にもバスケットボールや本なども沢山
たむけられている。
そう 川崎の中学一年生が殺害された河川敷

20日は彼の月命日だ!

・毎日来る、近所のおじさん 「なんで判らんかったんやろう」「何とか助けられたんちゃうやろうか?

・事件後始めて、本を持って現場に来た同級生 「どうしても来れなかった」 あまりの辛さと自責の念からだろうか、今まで来れなかったがこれからは時々来ると、少し吹っ切れたように言っていた。

・「教師になって同じように苦しんでいる子供たちを少しで救ってやりたいと誓う青年」もいた。

・同じような家庭環境で仕事ばかりで子供をかまってやれず、我が事の様に彼の死を悼む母親もいた。

その中の一人が取材に応じた、娘がちょうど中学生の頃、服装や恰好、生活態度が変わり始め口もあまり聞かなくなった、最近高校を卒業してようやく落ち着き、この事件の事を話し、行って来たことを話し、今度は一緒に行く約束をしたと言う。

ココに来る人たちの口からは、犯人に対する憎しみや憎悪などはほとんど聞こえてこない。
むしろ大人として、社会人としての無念さと自責の念に苛まれて訪れる人がほとんどだ、だからいまだに訪問者が絶えないのだろう。
それはどこのだれかも知らない、たんなる他人事では済まされない、我が身に迫る思いの人が如何に多いか、まさに今の日本の社会を反映した現象だろう。

しかしながら、この番組を見ながら思ったことは、核家族化で他人の事など、隣で何が起こっていようとも知らん顔する現代人ばかりと思っていたが、心の奥底ではいつの時代でも変わらない人を思いやる気持ちを持った人々の姿があった。 いまの時代は他人(子供たちや弱者)の事をとやかく言える時代ではないが、この様な事件をきっかけに、善は善、悪は悪とハッキリ勇気をもって言って行く、そして一人一人がもっと社会の事にも関心を持っていく社会にならなければ、やがて殺伐とした日本は沈んで行くことになるのではないだろうか?


万里の波頭ほ超えて!

いよいよ、万里の波頭を超えて自衛隊が出動する。

世間の事もこれ程容易く解釈変更が出来れば、「セワーナイ」

いずれにせよ戦後70年、日本は軍備を持たず、紛争は話し合いで解決すると言う、憲法9条は事実上破棄された。
世界の平和と自国民の生命財産を守るため、万里の波頭を超えてでも自衛隊は出動して行くことに大きく舵をきったことだけは間違いない。

そもそも、自国の安全を他国におんぶにだっこでいいのかの議論はある。
世界のポリスとしての絶対的強者(米国)の存在が薄れ世界のパワーバランスも崩れつつある、また新たな勢力(中国)の台頭に対し、もはや一国(米国)だけでは対応できなくなってきていることも事実だ。

東シナ海・南シナ海に対し海洋覇権を狙う中国、「眠れる獅子」と言われた19世紀、日清戦争で化けの皮が剥がれ、実は「眠れる豚」であると揶揄された中国、しかし、いまやGDP2位の中国(中共)はまさに「目覚めた獅子」
米国を抜いて1位なる日も遠からず来る可能性が現実味を帯びて来ている。もはやその勢いを米国一国だけでは防ぎ切れなくなるだろう。
また世界の局地的な紛争に対しても、国連を含め話し合い路線で解決することは極めて困難な事態になって来ている。
 9条に対し、私的にはかつての様な海外に出て行く侵略的行為は絶対許されないが、逆に他国からの侵略に対し武力をもってでも自国は自国で守ることは当然のこと考えていたが、最近繰り返し観ている映画「ディファイアンス」を観てますます確信した。

いずれにしてもこの議論は戦後70年、戦果で一人の死人も出していない日本が、何らかの形で他国から攻撃され死傷者が出るか、自衛隊が新法律の下出動して、死者が出るかしないと、曖昧な議論では、もはや結論は出ないだろう!

「輔弼」って何?

GW残りあと二日

明日5日は「子供の日」 今日は何の日? 昨日3日は「憲法記念日」

戦後70年、改憲、護憲、憲法論議も盛んになってきた、と言いたいところだが、明らかに踏み込んだ。
改憲の前に、解釈の変更で法律を作り既成事実の積み上げで、憲法の本位を捻じ曲げてしまった、言わずと知れた、9条の解釈問題だ、安倍首相は米国に約束したようだ、「日本は米国と共に戦うと!」 軍事力が専守防衛という意味では私は必要だと思う、世界の秩序を守る、という意味でも必要だと思う。後者の場合、誰がその秩序の番人となるのか、ここが問題だ。 かつてのボスニアや今のクリミア紛争、ルワンダのフツ・ツチ族の部族間対立による大虐殺、これらの紛争をどう解決に導いて行くのか? 単純に平和的な話し合いで解決する、理想だが現実的ではない、手をこまねいている間に、多くの無辜の人々が虐殺されていった。法と正義に基づいた、警察権力のような介入は必要ないのか。この場合国家間であれば当然大きな軍事力が必要となるだろう、その場合、国連主導による、平和維持軍などに日本は参加する必要はないのか?

数年前から、歴史認識、問題、どうやって戦争へ向かったのかを、少し勉強した
戦前の憲法下において、やはり大権、特に統帥権に関わる問題は知らなければならない。

統帥権とは
大日本帝国憲法第11条が定めていた天皇大権のひとつで、陸軍海軍への統帥の権能を指す。その内容は陸海軍の組織と編制などの制度、および勤務規則の設定、人事と職務の決定、出兵と撤兵の命令、戦略の決定、軍事作戦の立案や指揮命令などの権能である。これらは陸軍では陸軍大臣参謀総長に、海軍では海軍大臣軍令部総長に委託され、各大臣は軍政権(軍に関する行政事務)を、参謀総長・軍令部総長は軍令権を担った。

天皇はすべての権限と責任を持っているようだが、実は、持っていて持っていない? 
要するに殿様が家臣からの上奏に「よきに計らへ」と言うことになる、天皇陛下もすべての問題に精通し、熟慮し判断を下すことはできない、そこで補佐し、助言とアドバイスをすることを「補弼」と言うらしい。
特に軍事面において、陸軍は参謀総長が、海軍においては軍令部総長が統帥大権を補弼(ほひつ)する、これは何人も犯すことが出来ない。そのような権力構造の下、軍国主義へと軍部の独走が始まって行ったと言える。

昭和天皇はご自分が決断されたことは、2.26事件の鎮圧命令とポツダム宣言受諾による、玉音放送、この2ツしかないと言われている。

明治六年政変は一度閣議で決定した「征韓論」を輔弼権限を持つ、右大臣・岩倉具視がひっくり返したことにより、その後、内乱へと続いていくことになるが、この大権の扱いについての曖昧さが、一部権力者の暴走へと繋がって行ったことは否めない。

さて、現憲法下においても、解釈改憲などと言うことが在っていいのだろうか、やるのなら正々堂々と改憲手続きを取り全ての手立てを取り有権者に信を問うべきだ。

私は今のところ改憲に賛成も反対もしないが、かつての「輔弼」同様、誰かが解釈の変更で如何様にも運用できる等ということは決して在ってはならないと考えているが、安倍首相はそこに踏み込んでいるように感じる。

憲法記念日にそんな風に思ったがどうだろう?




今年を振り返る

今年を振り返る
 
今年もあますところ今日一日になりました、振り返ればやはり母親の介護の事が大きなウエイトをしめた、生活や思考がそっちの方へ行く。
一月に肺炎、三月に転倒・骨折、退院後、老健へ、夏には結核の発症、十月には再び元の老健へ、身の回りの世話、行政への手続き、今は仕事の方も暇だから時間的な余裕はあったが、心身ともに疲れる。
 
しかし、昨今の孤独死や老老介護など老人を取り巻く社会事情から同じような問題を抱えている人は沢山居るが、上手く行政の制度を活用しながら何とかやって来た。これからも積極的に行政の制度を利用して乗り切っていかなければ仕方ないが、それもこれもやはり家族の積極的な関わり方が重要であることを痛感した。
 
今は、かつての家父長主義(家族主義)の様な意識は薄れ、それぞれが自立して生きる、家族であっても個人主義、社会自体がそんな風潮だが、家族が助け合い、隣人が助け合い、国民同士が助け合う、そんな社会や
国家である事が必要ではないかと考えている。
 
それが国家主義なのかどうか判らないが、個人が優先し過ぎても、個々がバラバラで、世間で何が起ころうが
国家がどうなっていようが、お構いなしになっているようで、そんなんでいいのだろうか?
 
今や日本の格差は見過ごせなくなっている、そのことを実感していない人たちは、幸せと言うべきかもしれないが、そのな境遇にある者が増えることは社会として、安心安全な社会とは言えない、何の罪とがもない人でも、思わぬ犯罪に巻き込まれたり、中には命を落としたり、世の中が悪くなったと嘆くより、そんな今の社会に対し関心を持っていかなければならないと思う。
 
原発や集団的自衛権など将来に渡る重要な問題が山積しているが、今日を食えない、生きれない、将来に希望が持てない者たちにとって無関係だ、今を今日を生きることが最大の関心事である。
今日本の中には、将来を憂う人たちと、今を憂う人たちが混在し、なんだかバラバラな気がする
そんなことを考えさせられた一年でした。
 
昨日は細やかながら手作りの正月飾りと新しい衣服を母親のところへ長女と持って行った、喜んでは居たが
「どうや、こうや」感謝よりも自分の事ばかり話す、それを聞く私は疲れ話さなくなる、そしてまた「話しもせん」と介護士相手に愚痴話している、それを聞く度に、情けなさと腹立たしさが湧いてくる、そんなことの繰り返しの一年だった、何はともあれ今年も終わろうとしている、出来れば来る年が良い年であります様にと思いつつ、
どうなって行くのか判らないが、日々何とか過ごしていけたらと願う。
 
みなさん一年ありがとうございました、みなさんに幸多い年でありますようにと
願いつつ、来年もよろしくお願いいたします。
 
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