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しびれる
年末から左腕から親指にしびれがでた。
それは朝起きたらしびれていた、首筋から肩にかけても違和感がある。
大体の原因は理解できる。
今日たまりかねて整形外科へ、思っていた通り、ヘルニアによる神経の圧迫
早速首のけん引、一月ぐらい毎日来いとのこと
年末には歯医者へも行った、思っていたところ以外にも、奥歯上下左右ほぼダメ
全部治療するのに一年ぐらいかかると言われた、これもほっとく訳にはいかない。
歳をとるとい事はこう言う事だと実感した。
ため息
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医療,介護
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聴診器と血圧計
今日、血圧計が届いた。 と言っても看護専門学校へ通う長女の物です。
以前から聴診器は持っていたようです、今二年生、三年になれば実習ばかりだと言っています。
嬉しそうに箱を開け、早速ばあちゃんを相手に練習
上手く、計れない(判らない)
娘のみたてによれば、上が100下が50 (そんなはずないやろう!)
なかなか水銀の血圧計で計るのは経験が無ければ難しいらしい。
まぁーこれからです。
来年は三年生、そして卒業、看護士へ社会人として、大事な医療の現場へ
今も下の娘と勉強しています。
おやじと酒を飲みに行っている場合ではありません。(爆)
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ウンコが・・・
出ません。 94歳の母親の事です。
8月6日土曜日、私は用事で出かけていたら、会社の方から、お母さんが、腹が痛いから救急車呼んでほしいと言ってます」と携帯に電話がありました。
娘に付き添いを頼み、救急車を呼んでもらうことにし、私も慌てて帰宅、病院へ
もう半月ぐらい便が出ていない、出かける時も様子を聞き大丈夫と思って出かけたが腹痛がひどく我慢できなかったとか。
腸が特別悪い訳でもないが、動きが悪いので、その原因を調べるため22日まで検査入院退院後も調子が悪く24日にかかりつけ医へ、25日今度はまた腹痛がひどく救急車で私立病院へ、排便後少し楽になり、そのまま帰宅、26日ケァーマネに
この一月間の事を説明、何かいい方法は無いものかと相談したところ
訪問看護士の人を手配してくれるとのことで、29日始めて訪問看護士の方が来てくれた。
これからは月,木週二回、排便や体調管理に来てくれることになり、今日来てもらい、大量の排便をさせてくれた
あぁー これでホッと一息
病院へはいくらでも連れて行くが、どこが痛いとか言われても、武骨な私には
どうしようもなく途方に暮れるばかりで、これでなんとか対応が出来そうで
一安心した。
これからは認知症も出てくるだろうし、仕事の関係で住まいも自宅ではないので
どうしたものか、その時その時で考えていかなければ仕方がない。
老いてやがて死に逝くと言う事が如何に大変か実感する今日この頃です。
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母の所へ 3
母親が老健に入所して早3ヶ月が過ぎました。
往復の高速代、ガソリンなどの交通費もバカになりませんが、週に一度か十日に一度のぐらいの割合で見に行っています。
勝気で真っ直ぐな性格ですから、好き嫌いがハッキリしていて、始めは人間関係も色々あったようですが、ようやく自分の存在を確保出来たようで、最近は職員の人もよく「○○さんなんか気の付いた点はないですか」とか、名前を呼ばれる時もいつも一番と、自分の存在が認められた気持ちのようで、随分落ち着いた、穏やかに表情です。
いつも黙っていくものですから、「あれ、どうしたん」からはじまりいろいろ話します。
この施設は複合施設で、病院と特養が併設されています。
母親が老健に入所する前に、昔お世話になった遠縁の人が併設の病院に入院していたので、母親のところへ来た時は時々は見舞えると思っていましたが、母親と入れ替わりに転院していました。その後どうしたのか案じておりましたが、先日、私の同級生のその人の娘さんから亡くなったとの知らせがありました。
昔は泉州地方は紡績が盛んで、兄弟で会社をされている時にお世話になりました。
その後、現在の所で商売をするにつけても、「商売もやって必ず良いとは限れへん、アカンかったら必ず戻ってこいよ」と言ってくれた、それの言葉を励みに頑張ってきたと、母親の口癖でした。
今年の春には、その人の兄さんが亡くなり、母親にとっては兄弟もみんな亡くなり、生まれ育った町でもだんだん知る者が居なくなっていく寂しさを感じているようです。
その人の奥さんはまだ存命ですが、軽い認知症があるようで入退院をしているようで、先日仏前に線香を一緒にあげに行った時、会えずに残念がっていました。
そして、私の同級生である娘さんとひと時話し、母親に会えないことを残念がると
「今度、土曜日に家に帰ってくるから、その時連れて行くわ」と言うと
「絶対連れて来てや」と言っていたので、今度、母親の所へ行ったら、来てくれていたらその話しで盛り上がると思いますが、また一人また一人と知った人が亡くなっていくのは寂しい限りです。
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母の所へ 2
昨日は雨の日曜日、出掛ける用事はあったが、家でゴロゴロしていた。
午後の4時過ぎ、電話が鳴ってきた、電話機から「コウシュウデンワカラデス」と音声案内がしている、公衆電話から家にかけてくる相手に心当たりが無いので、放って置くと
嫁さんが「お母さんから、泣いて言えに帰りたい」と言っている
慌ててかわると、「帰りたいから迎えに来てくれ」
「あぁーいいよ、今からすぐに行くから待っててくれ」と言うと
ダメだと言われると思っていたなか、拍子抜けしたように泣き声が止んだ。
近所付き合いをあまりしたこともなく、生きてきたので、いろんな人と生活をすることには
あまり慣れていない、自分がこうだと思ったら、黙っていられないタイプ
我慢をすればストレスが溜まる、そんなことは十分察せられる話しも以前に聞いていた。
ヤレヤレと言うより、こんなことも十分有り得ることと、仕事や出かけている時は無理だが始めから覚悟していた。
帰ってきて、安堵,気もおさまったのか、
「明日何時ごろ帰る」
「用事があるから明日は無理」
明日帰るぐらいなら少し我慢すればいいのにと思うが、その時はそうもいかないのだろう。
これこそ、ヤレヤレと言った感じです。
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