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ゴールデンウイーク以来歩きに行ってない、体がだるかったりしてついつい休養してしまった、と言う言い訳はあるが、糖尿病の数値も少し改善したからと言って油断したら元も子もない。ここで宣言して今度の日曜日には卑弥呼に会いに行こう。!
行かなくても地図で次行くところを見ながら考えていた、と言うより楽しんでいた、そんなこともトレッキングの楽しみ方かもしれない。よく行くお好み焼屋さんも2カ月に一度みんなで行っていて、店に行けばそんなことで話が弾む。
以前から名前だけは知っていた「マキムク遺跡」卑弥呼畿内説の有力地だ、地図を見ていると「巻向」という地名があった。
キッとこれだと周囲を探したら、箸墓は倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)すなわち邪馬台国の卑弥呼。この辺は山の辺の道、行燈山古墳(崇神天皇陵)、渋谷向山古墳(景行天皇陵)数キロの間にある。三輪神社も近い。歩くだけではなく、歴史探訪とセットになればなおさら楽しい。
今度の日曜日は、雨が降っても槍が降っても行こう!
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トレッキング
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今日も歩いた。 約24,000歩 距離16.4キロ 結構快調に続いている。
ほんとは比叡山から京都市内に行く予定だったが、連休の疲れもあり近場に変更
世界遺産登録を目指している、百舌鳥・古市古墳群、両方行く予定だったが無理だったので古市の方だけ行ってきました。
今回は少しは土地勘もあったので、それほど難儀はしなかったが、墳墓の正面を探すのには苦労しました。
前方後円墳だから、方が前(正面)になると思うが、歩くと平面なので見つけるのに苦労する場合もある。
いずれにしても、今回も楽しく、快調に続けることができた。
今日のスタートはここから
見つけた! 第19代允恭天皇陵 この石碑を見つけるとなんだか宝物探しでゲットした感覚に似ている
今日は天気も良く、私は一人だが二人連れやアベック等にも結構会った、ここであった男性二人とはこの先、応神天皇陵でも会うことになる。 これは石棺、古代九州の阿蘇山から運ばれて来た石のようだ、驚く
よく見ると、大小20弱の古墳群がある、まさにフンだらけだ。この時代すでに大和朝廷が成立していたのかどうか、はっきりしない点も多いようで、これだけの古墳があるこの地域、大和朝廷以前の河内王権が存在したのか?
二つ目ここは応神天皇の皇后、中津姫皇后陵と言われている
さあ、ここが第15代応神天皇陵 大きさは仁徳天皇陵に次ぐ2番目の大きさで手入れも行き届き立派な陵墓だ
そして、この応神天皇は誉田別尊(ほむたわけのみこと) 全国にある八幡宮の主祭神である八幡神、武家からも武運の神として祭られた。、「古事記・日本書紀」による神話の話しなのか、この第15代応神天皇からは実在が確認されているらしいがそれ以前は解らないようだ。
応神陵の向かいで始めての休憩ここも古墳のようだ
誉田が地名にもなっている
陸に突如現れた、和船 これは藤井寺生涯学習センター
三分の二周ほどしてやっと正面を見つけた、ここが第14代仲哀天皇陵、そして皇后が有名な「三韓征伐」をしたと言われている、神功皇后、その子が応神天皇となると、何もかも疑わしくなってくる?
途中に古そうなこんな神社が在った、創建は約1500年前「辛国神社」とお寺も在った。
葛井寺(ふじいでら)この字がふじと読むのかよく解らない、ここも地名の由来になっているのか?
境内に入ると右手に、もう終わっていたが藤棚があった、こちらは西側のようで、南側に立派な門がある。
ここが南を向いた正面
町は由緒ある古い街だが、どこの商店街も同じだが、ここも惨憺たるものだ
ここが最後の第21代雄略天皇陵、そしてここから近鉄の河内松原駅まで歩き天王寺へ
天王寺駅北出口付近で、露天商の知り合いのネパール人が仲間とネパール大地震の義援金の募金をしていたので少しだけして来た。
今回、古市古墳群を廻り、いろいろ調べると古代歴史ロマンの虜になってしまう、糖尿病改善と休みに金もあまり使わないし、一石三鳥の効果がある。
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今日は誕生日だった、娘二人からバースディーメールが届いたが、ひまだし今日も歩いた。
・歩いた歩数:20,000歩 ・距離13.8㌔ だった。
昨夜と今夜NHK特集「戦後70年 ニッポンの肖像日本人と象徴天皇」をやっていた。
戦後、象徴としての天皇、象徴とは何なのか、自らの行動の中で、国民統合の象徴としての立場を模索されてきたようだ、昭和天皇は国家としてのあらゆる場面に遭遇されて歴代天皇に無い苦難の道を歩まれたであろう、その精神は今上天皇にも受け継がれ、被災地への訪問、先日のプリリュー島などへの慰霊、行く先々で放映される姿はいつも、深々とお辞儀をされている姿が印象的だった。天皇がそのような気持ちを持たれている限り、国民は象徴としての天皇(天皇制)を自分たち(民族)の拠り所とし敬うだろう!
それとはまったく関係なく、私は第一に健康(糖尿病の改善)と歴史探訪の意味から今回は大阪・南河内に点在する4つの天皇陵墓を歩いてきた。
今日はココからスタートしてまたここへ戻ってくる
叡福寺・太子廟、全然知りませんでしたが古くて立派なお寺です。
何だかイベントが行われるようだった、燈籠を灯すような感じだった
始めの陵墓ちょっと苦労した、第30代・敏達天皇陵(びだつ)
第33代・推古天皇陵(すいこ)
陵墓も山の中や平面な地形では探すのは苦労するが、普通の林や森ではなく、やっぱり手入れの行き届いた
感じで、よく見れば周囲と植わっている木々の違いに注意すれば判ってくる
ココは珍しく山の中にあり、遠目で分かりにくかったが、なんとなくの違いで見つけた
第36代・孝徳天皇陵墓
ちょうど竹ノ内街道沿いで、向かいにこの民家、昔の一般的な家の造り、なんだか懐かしい気持ちになって入った、玄関から土間を通り中庭へと言うより、収穫した農作業をスペース、蔵も並んでいた、多分今でも田舎へ行けば珍しくもなくあるだろう。規模は半分でいいので私もこんな家が良い、今は絶えてしまったが、おばさんのところもこんな感じだった、ほんと懐かしい
6畳か8畳の部屋が、4つ正方形に並んでいる
昔の台所「へっついさん」と言うのか
土間を抜けると中庭
上に上がってもいいと言われたが、この縁で休憩と簡単な食事とらしてもらった。
竹ノ内街道だ! もう少し先に資料館があるようです。私は逆に下って行く
最後の陵墓 第31代用命天陵墓(ようめい)ここは判りれやすかった
古代の墳墓は山を一つ越えた奈良とこの辺に集中している、墳墓だけではあまり面白くないが、必ずと言っていいほど、周辺にその時代の痕跡があるのでそれもまた面白い。
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先日の土曜日は午後から休業して、夕方から知り合いといつも行く天王寺のお好み焼屋さんで一杯飲んだ。
いつもは、大和路線・快速で6分前後で天王寺に着くのだが、その日は歩いて行った。
道のりは8㌔と少し、知った道なので、探訪好きの私としては、面白くないので歩くのにはちょっと抵抗があったが
その際だから以前から気になっていた、平野の商店街を探訪して行く事にした。
これが結構、面白かった
やっぱり車で走り抜ける風景と歩いて観る風景は全然違う
距離約8㌔、予定時間1時間40分のところ2時間、約束の時間ギリギリに到着
それではこんな感じ
いつもは右側の電車で一息だが、今日はてくてく旅、サクラも目に入ってくる
おぉーここが商店街の入り口だ
この境内の中に?
テレビでも何度か紹介されていた、昭和のおもちゃだ! 一度見たいと思っていた
ここも閑散としているが、ところどころにハッとする懐かしい店がある、お祭りグッズの専門店も在った、
これは観ていて楽しかった、写真に撮ら後悔している
この建物新聞屋さんですが、何か指定されているようだ
この辻を超えると、今風の店が多くなって来た
平野の大念仏寺大きなお寺で、確か幽霊の掛軸があり有名です。大阪場所で相撲部屋が以前ありましたが
今もあるのかどうかは知りません。
時間を気にしながらようやく、杭全の交差点が見えて来た。
ここは確か長居公園から大阪城を走る大阪マラソンコースです。
ほんと歩いて観る風景は、また違った雰囲気がある、楽しい みなさんも是非歩いて観てください。
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今日は19,000歩・約13㌔歩きました。
出発は
今日は市街地も最初からダラダラ登り、前の時はそうだったが、実際は地図では判らない住宅地で、
どこから山にはいったらいいのか判らずらい、こんなところを通って来た
おぉーやっと着いた やっぱり上りはしんどくて堪える
大きな張子の虎が有名の様で、向こうにみえるのが毘沙門天が本尊の本堂、清水寺みたい
山伏風の人が護摩を焚いている
この山には色々祀ってあってよく解らない
本堂へ続く参道だが、左手には国宝の信貴山縁起(しぎさんえんぎ)は、平安時代末期の絵巻物で、2006年現在、日本の国宝に指定されている。『源氏物語絵巻』、『鳥獣人物戯画』、『伴大納言絵詞』と並ぶ四大絵巻物の1つが展示されているらしいが、レプリカなので観なかった。
なかなか見どころがあり、人気もあるようだが、私は一心の信ずるところにより拝礼は一切しない
さて後は帰路に着くだけだが、高安山ロープーウェーの駅に行くつもりだったが、行き着く前に途中でくだってしまったようで、道が判らない、仕方がないので下りながら目的のルートを携帯(ガラ携)地図探すが判らない、一度住人の人に聞いたが本来のルートでは、また登らなければならないみたいで、その体力がもはや無いと判断して、下る方を選んだ、しかしどちらに向かっているかよく判らない、時間もだいぶロスしている、万が一日が暮れでもすれば大変なことになるので、とにかく下って行った、ようやく家が見えだしてきたら、そこは最初に上った
地域だった。とにかく下ろう。歩いて家まで帰る予定だったがね結局辿ろ着いたのは、出発した三郷駅だった
まぁーいい、本来は歩くのが目的だから無事に帰り着きさえすればそれでいい。
前回同様、今回の反省点は地図で見るのと実際の地形は違うと言うより解りずらいと言う事だ。上から見る地図で大体の方角や位置関係はよく判るが、実際に歩くとなると平面であり、地図に無い細かい道が結構あり方角が判りにくい、携帯ナビも判りにくかった。 今度はマーカーをしっかり決めよう!
しかし、今回も結構歩いた、距離は前回ほどではないが、上りが多かったのできつかった。
体調の方はまったく問題ないし、楽しかったので時間のある時にまた行こう!
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