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日本人が海外で奴隷になってるってあまりピンと来ませんが‥実際戦国の世にありました(国内での売り買いはよくありますが)
豊臣秀吉が島津討伐の為に1587年3月に九州に上陸し南下する最中に見聞したことの中に、ポルトガル商人によって日本人が奴隷として海外に売られているという事がありました。
諸大名が戦った相手の兵士は元より、女、子供まで捕えてポルトガル人に売渡すのです。(もしかしたらキリスト教義によって自ら行く者もいたかもしれませんが)しかし‥
手足を鎖に繋がれて‥惨劇ですね‥
主な行き先はインドが多かったようですが、ポルトガルにも連れて行かれ、さらに転売されそこからヨーロッパ各地、果てはアルゼンチンにも送られていたとの事‥
大村純忠らがローマへ派遣した少年使節団がヨーロッパの各地で労働に使われている日本人のみじめな姿を多数目撃しています。
豊臣秀吉は、日本人が奴隷として売られている事を知り、全国の諸大名に対して日本人奴隷売買禁止の命令を発し、日本人が奴隷として海外へ送られる事がなくなるのです。
ただ豊臣秀吉の場合は義憤からの禁止令ではなくて、自国民達が自分の許可なく海外に売られている権力を越権した行為への怒りからの禁止令だと思うのですが‥
今回は戦国武将等ではなく庶民の事について書いてみました。
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1549年、フランシスコ・ザビエルが来日しました。表向きはキリスト教の伝道でした。
裏では「黄金の国ジパング」掠奪が狙いでした。ザビエルはローマ法王の僧兵であり、同時にポルトガルの東方植民地における軍隊と官吏とに対する命令の全権を持っていたのです。
スペイン・ポルトガルはキリスト教宣教師たちが尖兵となって潜入し、工作を行い、軍隊を引き入れ、人民殺戮、財宝収奪、奴隷貿易を行い、植民地占領を行っていました。日本にもその魔の手が伸びてきたわけです。
豊臣秀吉は当初はキリスト教を禁止しておらず、交流を深めていました。日本に潜入した宣教師は対日諜報員、対日工作員として、日本の内情を探り、日本は武勇の国なので武力による侵略は無理だと判断します。
イエズス会、ドン・ロドリゴとフランシスコ会、フライ・ルイス・ソテロらが、スペイン国王に送った上書
「殿下(スペイン国王)を日本の君主とすることは望ましい。しかし、日本には住民が多く、城郭も堅固であるため、軍隊の力による侵入は無理であるから、福音を宣伝する方策をもって日本の国民が殿下に悦びいさんで臣事するように仕向けるほかなし」
2013/7/10(水) 午後 9:14 [ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]