この将軍も名前は知れています?が、マイナーです。でもきちんと『伝』もあります。
臧覇宣高 ?〜? 鎮東将軍・良成侯
何気に三国志の世界には古くから登場してくる将軍です。
184年『黄巾の乱』が起きると陶謙に従って賊を打ち破り「騎都尉」に任じられます。
などと官軍のような活躍をしているのですが、
黄巾の乱鎮圧後、孫観・呉敦・尹禮らとともに兵をかり集めその首領となるなど山賊のような事もしています。
呂布が曹操に攻撃された際は呂布に味方しますが(配下という説もあります)、敗れる時に逃亡しお尋ね者になります。
やがて臧覇は出頭しますが(捕えられたという説もあり)、曹操に気に入られて助命されそのうえ青州・徐州の統治を委ねます。
曹操はあるとき徐翕・毛暉を将軍としますが、反乱を起こしますが失敗し両名は臧覇の所に亡命してきます。曹操はこの時期身を寄せていた劉備を派遣し二人の首を差し出すように命じます。臧覇は劉備に
『私が独り立ちしているのは、人の信頼を裏切らないからです。どうか将軍、彼らの為に弁明してやって下さい』
と言い、劉備がそのままを曹操に伝えるとその言葉に感激し二人を許すのです。
205年袁譚を滅ぼした際臧覇は一族を曹操の新しい本拠地鄴に住まわせる事にします。これは曹操に絶対二心を抱かないという証でもありました。曹操はこれを喜んで臧覇を「威虜将軍」に任命します。
217年曹操は濡須に兵を進めます。この時の先鋒が張遼と臧覇でしたが長雨が続き曹操の本体は引き返します。その状況で浮き足立つ兵の姿を見て張遼は引き上げようとしますが、臧覇は
『曹公はこうした非常事態に対処するのに優れておられる。どうして我々を見捨てようか』
と言って制止します。その通り翌日曹操から指令があり全軍無事帰還します。臧覇のこの適切な判断を褒めた曹操は臧覇を「揚威将軍・假節」に任命します。
220年曹丕が即位すると臧覇は「鎮東将軍・武安郷侯」に昇進し、「都督青州諸軍事」として山東省一帯の統治者となるのです。さらにすぐに「良成侯」に爵位が進みます。
222年曹休と共に呉を大いに破り、これ以降軍事があるたびに曹丕は臧覇に諮問をするようになるのです。夏侯淵・夏侯惇・楽進・張遼などが亡くなっていて、臧覇は張郃・徐晃と共に歴戦の武将として重きをなしていきます。
227年曹叡が即位すると加増されますが、間もなく死亡したと思われます。
子の臧艾が後を継ぎ青州刺史となります。
有名なのは呂布に味方した事や『演義』における赤壁の戦い前に徐庶と西涼鎮圧の先鋒として離脱する所くらいですが、実は魏においてかなり重要な将軍なんです!
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臧覇がこんなに重要な将軍だったとは…初めて知りました!
2006/5/25(木) 午前 0:47 [ 鳳山 ]
『演義』ではわからない世界ですよね。韓浩もそんな感じなのでよければ記事を見てみて下さい。
2006/5/25(木) 午前 1:29
于禁あたりもそうですよね。演義では何かとやられ役ですが、実は十分な実績の持ち主。
2006/5/27(土) 午前 9:19 [ ake*hi1*820*0* ]
于禁もたしかに実力十分!!臧覇は于禁に比べて活躍の場が少ないので記事にしてみました。
2006/5/27(土) 午後 11:03