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演義と正史とで死の記載が違う人物が何人もいます。 一例を挙げますと‥ 【徐晃】 演義では孟達に眉間を射られますが正史では227年病死 【郭淮】 演義では224年に姜維に射殺されますが、正史では225年に病死 【関興】 演義では229年に谷に転落後間もなく死去、正史では早世したと記す 【張苞】 演義では234年に北伐に向かう孔明の元に死の報が届けられるが、正史ではやはり早世したと記される 他にも沢山。皆が皆演義のように劇的に死ぬ事はありえないですからね。
それでも話が劇的になるように作られた三国志演義は読み物としては面白いですし 否定するつもりもないですけど、呉の武将の多くは扱いが酷いもんです‥ |
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そうなのですか〜こうやって見てみると病死が多いのですね。
みんなが、みんな戦死ではないんですね。
この病死の原因ってゆうのも、わかれば凄く面白いですよね
どんな病名があったのでしょうか・・・。(●¨●)
2007/8/12(日) 午前 11:11 [ - ]
脳梗塞、心筋梗塞、十二指腸潰瘍などが推測されている事が多いようですよ。そんな事を推測した本が確かあったはずなので今度記事にしてみますね。
2007/8/12(日) 午後 0:12
魏の武将はかなりひどい扱いに・・・
朱然にいたっては25年以上違うし・・・
2007/8/26(日) 午後 5:11
演義が蜀贔屓なだけに敵対している魏の将軍の扱いは酷いものがありますよね‥
呉にいたってはめちゃくちゃ感が強いです‥
2007/8/26(日) 午後 7:26