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以前にも記事にしましたが、206年に まだ正史をよく知らない頃、これだけ有名な人物が赤壁に参戦してないのを不思議に思った事がありました。 太史慈は赤壁の戦い以前の206年に41歳で病没しています。 これからという時の死はさぞかし無念だった事でしょうね。 そんな太史慈ですが、最大の見せ場であった孫策との一騎討ちだけで後世の評価を大いに高めた人物のように思います‥ 羅貫中も孫策と一騎討ちまでした太史慈を病没でそのまま物語から消してしまうのがもったいなかったんでしょうね。 子の太史享(字:元復)はのちに越騎校尉に昇進しますが詳細な活躍内容は不明です。 |
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演義ではもう少し活躍活躍してますよね・・・
自分も一騎撃ちぐらいしか・・・
格闘ゲームの時の三国無双の太史慈の強さは忘れませんがww
2008/1/27(日) 午後 0:49
そんな太史慈ですがすっかり呉の重鎮のような扱いですね。
日本においてはKOEIの影響も大きくありますよね。
2008/1/27(日) 午後 8:41
太史慈はゲームでは結構優遇されてますよね。そうでないと、ゲームバランスとして呉が弱くなるからかもしれませんが。
横山光輝氏の漫画でもいい感じで描かれているので、その影響もあるかもしれません。
2008/1/27(日) 午後 10:12 [ ake*hi1*820*0* ]
確かに横山光輝氏の三国志では一騎討ちに結構なページを割いてましたからね。
KOEIの三国志でも呉に武力が90を越える人物って少ないですもんね。
2008/1/27(日) 午後 10:24