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言わずと知れた孔明と並び評される人物です。 流れ矢で戦死というのがなんとも‥ この人物の演義での描かれ方も正史と違う箇所がまま(かなり)あります。 一例を挙げますと‥ 龐統が劉備に仕えてすぐ、県令として赴任するも職務怠慢で劉備に派遣された張飛に詰問されたところ、その仕事を短時間で完遂し、諸葛亮に「龐統の才能はそのようなものではありません」と忠告され副軍師中郎将に任命されるというくだりが演義や横山三国志などにありますが、正史とは違います。 劉備が荊州を領すると龐統は従事という身分で県令となります。 ですが治績があがらずにここで免官となります。 これを聞いた魯粛はわざわざ劉備に手紙を送るのです。 「龐統は県を治めるような小さな才能の持ち主ではなく‥」 孔明も同じように劉備に伝えます。 そこで始めて劉備は龐統という人物に興味を持ち面会する事になるのです。 ここで劉備は評価を改め、治中侍事になりすぐに軍師中郎将となります。 全然違いますね。 因みに周瑜が病死するとその遺骸を送り届ける役目を担っていたりもしてます。 さらに落鳳坡での戦死もフィクションで実際は雒城を囲んだとき流れ矢に当たって戦死してます。 龐統戦死後、劉備は成都に入り益州を領しますが、最も熱心にこの益州入りを勧めたのが龐統です。 孔明は天下三分を示しましたが実行させた龐統の功績は大きいですよね。 それだけに36歳での戦死が悔やまれます。 画像は『龐統祠』です 龐統の記事を作成していて、ふと疑問点がふつふつと‥
「伏龍・鳳雛」 などと言われていたなんていうのもやはり虚構なのでは‥ (理由は少し長くなりそうなのでまた時間がある時に記事にします) |

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戦は諸葛亮より上手かったのではないでしょうか。
2008/4/1(火) 午後 11:42 [ tenkai ]
そうですね。そう思います。
軍事における龐統(法正でも)と内政における諸葛亮という2本柱が出来ていたら面白かったでしょうね。
2008/4/4(金) 午後 9:17
まことです。「演義」での描かれ方は、「諸葛亮」先生にライバル心を燃やしていたり、容姿がいまいちのように描かれていますが、彼の顔を知っている人はもはやこの世に存在しませんから、わかりませんよねぇ。漫画の「蒼天航路」の「龐統」さんはかっこよかったです。
2008/4/6(日) 午後 6:43
美的価値観も昔と現在とでは随分違いますからねぇ。
現在の標準からすると案外イケメンだったりして(笑)
確かに蒼天航路の龐統は長髪でかっこよかったですよね。
2008/4/6(日) 午後 11:49