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堀田氏は「寛政重修諸家譜」において自らの出自を紀長谷雄の子孫とし、浦上氏・安富氏の本家筋にあたるとしていますが本来堀田氏は尾張国津島神社社家の紀姓堀田氏の流れと見るべきであり、津島神社に残る神官の堀田氏系図こそが、本来の彼らの出自だとの事。 この津島神社社家の堀田氏のうち、南北朝期に活動した堀田正泰の子孫の一部が武士化して津島を基盤に発展し織田氏、豊臣氏に仕え歴史の表舞台に登場していきます。これが近世大名の堀田氏。 なお、津島神社社家を代々務めた堀田氏は「右馬太夫家」といわれ、武士化した一族とは別に津島で発展し、この系統から派生した「番頭太夫家」は近世に商家として発展。 これが桶狭間戦記にも登場する堀田右馬太夫正貞となります。 〜Wikiではこの後、大名としての堀田氏の説明になりますので省略〜 そして最後に記載されている一文に、 福島正則に仕え尾張に残った一族は、後に津島に帰郷し更に酒造業を営んで財をなした。 その邸宅は「堀田家住宅」として国の重要文化財に指定されている。 この福島正則に仕えた一族の子孫にあたる人が前職の同僚にいたのですが(現在はご家族で神奈川県にお住まいです)歴史に興味もなく、当然堀田家住宅の事に関しても特に興味はなし‥ 普通に、「倉の中に徳川家康の書とかあったよ〜」って言ってました‥ ちなみに当人は画像にある堀田右馬太夫正貞とは似ても似つかない綺麗な女性の方です。
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戦国人物
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すごいな〜興味のない人には 家康の書も嬉しくないのかぁ〜
重文の管理維持 大変だろうけど 残して欲しい〜
2009/3/15(日) 午後 7:23 [ - ]
当時は、
「あるなぁ〜そんなのが」
って感じでしたよ。
興味がある人間にとっては羨ましい限りなんですけどね〜
2009/3/15(日) 午後 8:09