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義弘最晩年の逸話です。 晩年の義弘は老衰の為、みずから食事をとる事もままならなかったそうです。 しかし、そんな彼に食事をとらせる方法がありました。 彼の前に食事を用意し、家来が彼の周りに集まり法螺貝を吹き、いっせいにときの声をあげると、瞬間我に返ったかのごとく箸を取り食事をはじめたのだそうです。 この話ですが晩年の義弘の状態はよく2通りの表記を見かけます。 ただの『老衰』と表記しているものと『老人性痴呆症』と表記しているもの。 どちらにしても凄い事なのですが、後者であれば法螺貝やときの声で我にかえるってどれだけ日常が戦と隣り合わせであったのかと思わせますね。
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戦国ミニ知識・小話
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まるで「パ○○フの犬」みたいもんでしょうか…
2009/6/2(火) 午後 11:22
そうですよね!
戦場が一番落ち着く人なんでしょうね。
2009/6/2(火) 午後 11:30 [ sen*ok*hom*50 ]
82くらいまでは馬を走らせてたそうです(*´∇`*)
家臣の子供が元服すると必ず声を掛けて励ましてました(*´∇`*)
こんな主に仕えたい〜(*´∇`*)
2009/6/3(水) 午前 0:13 [ - ]
まるこさんへ!
完全な条件反射ですね!!
戦いの合図で我に返るっていうのは凄い話です。
2009/6/3(水) 午後 7:58
sen*ok*hom*50さんへ!
戦う事がライフワーク??
命をかける場所ですが、そこが慣れた場所だったんでしょうね。
2009/6/3(水) 午後 8:06
媛さんへ!
そんな高齢まで‥さすがに一流の人物は違いますね‥
それにしてもこの人は名君ですよね。
そんな人物だから関ヶ原でも家臣は自らが犠牲になっても退路を切り開こうとするんですよね。
2009/6/3(水) 午後 8:14
これぞ真の戦巧者という人ですね!!
法螺貝の音を聞くと我に返る人なんてこの世で義弘ただ1人だと思います!!
2009/6/4(木) 午後 9:37 [ 馬場美濃守信春 ]
やはり島津義弘は普通の人物とは一線を画しますね。
こういう人が身近にいたら家臣も皆心強かったでしょうね。
2009/6/4(木) 午後 11:16
マーハル殿
こんにちは。法螺貝の音を聴くと体が動き出す・・・何となく分かりますね。
熱狂的なお祭り馬鹿の宇喜多も、工事現場に響く「ピー、ピピー」の笛の
音を聴くと、お祭りの山車が動く合図と錯覚し反応しそうです(^^; ポチ★
PS. 本日より上杉軍vs島津軍の決戦投票スタートしました!
2009/6/6(土) 午後 1:29
条件反射ですね(笑)
好きなものに対する条件反射はよくある事だと思います。
って事は島津義弘は戦が好きって事ですかね〜
2009/6/6(土) 午後 4:10