戦国人物

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ロレンソ了斎

完訳フロイス日本史 3を読み終えました。
当然ながら高山右近というキリシタン大名への扱いはまさに聖人クラスです。

高山右近は父友照の影響もあり12歳でキリスト教の洗礼を受けています。
イメージ 1

※画像は高山右近です。
そんな右近の洗礼のきっかけとなる人物が‥

ロレンソ了斎 1526年-1592年

(了斎は了西とも)
イメージ 2

フランシスコ・ザビエルより洗礼を受け、戦国時代後期に名遊説家として活躍した元琵琶法師のイエズス会員です。

このロレンソ了斎は、キリスト教に対し好意的でなかった松永久秀が、宗論のためにヴィレラという宣教師を奈良に招いた際にヴィレラの代理として奈良に赴く事となります。
そしてロレンソは理路整然と仏僧を論破するのです。
その論議の審査の為にその場に居合わせたのが右近の父、高山友照。

感心した高山友照は自らの城にロレンソを招きさらに教えを請うのです。
こうした経緯で高山友照は息子高山右近や家臣などと共にヴィレラから洗礼を受ける事になります。



このように高山親子がキリシタンとなるきっかけとなったロレンソ了斎は元々琵琶法師として生計を立てていました。

そんな了斎がキリシタンとなったきっかけは‥
1551年に訪れた山口の街でたどたどしい日本語を話す男の声が聞こえてきました。

その声の主はかの有名なフランシスコ・ザビエル。
ザビエルの話を聞いていくうちに了斎は話の内容に不思議な魅力を感じるようになっていくのです。

キリスト教についてのさらに深い説明を聞いた了斎はザビエルの手によって洗礼を授けられ、ここにロレンソという洗礼名を受けます。


ザビエル帰国後もロレンソはイエズス会の宣教師たちを助けて働き、1559年に京に入ったロレンソはもう1人の宣教師と共に将軍足利義輝、三好長慶という当時の京都のビック2に直接謁見し、キリスト教布教許可の制札を受けます。


1569年には織田信長から布教の許可を得てフロイスと共に信長の面前で反キリシタンの論客であった朝山日乗と議論を行い論破します。


ロレンソはその後1587年の伴天連追放令を受けて九州へと移り、1592年に長崎で没しますがその死にフロイスは深く悲しむのです。


一介の琵琶法師から戦国期にここまで各方面に様々な影響を与えたロレンソ了斎。
個人的には無神論者ですがこの功績は凄いものがありますね。

このロレンソ了斎に関しては長崎文献社より出版物があるようなので読んでみようかと思っております。

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